2017年5月9日火曜日

(震災レポート40) 震災レポート・5年後編(6)―[福島原発論 ③]

(震災レポート40)  震災レポート・5年後編(6)―[福島原発論 ③]




                                         

『福島第一原発 メルトダウンまでの50年』 


烏賀陽弘道 明石書店2016.3.11


  ―事故調査委員会も報道も素通りした未解明問題―            ――[後編]






【5章】原発事故進展は予測できなかったのか



○「誰も経験したことがないから失敗した」は失当である


・「放射性物質が敷地外に漏れ出す原発事故など、日本では誰も経験したことがなかったから」…福島第一原発事故に遭遇した政治家や官僚、学者に取材すると、このセリフが異口同音に出た。→ しかし、この「誰も経験したことがなかったから」という弁明は、本当に正当なのだろうか。

・そもそも、原発事故のような巨大事故がそう何度も起きてもらっては困る。人類史上でも3回しか起きていない。「前にも経験したことがある」など、許されない事態だろう。→ 滅多に起きては困る事態だからこそ、万一起きた時に備えて日ごろ万端に準備しておくべきではないのか。

・腐敗防止(※権力は腐敗する)を考えるなら、政治家職は同じポジションにあまり長くいないほうがいい。従って、原発事故について専門家と同じ知識がなくても構わない。→ むしろ、それを補う補佐役として、担当官庁の官僚や行政・専門委員会の学者といった「専門家」がいたはずだ。また、そうした「原発防災」の専門家がリストアップされ、緊急時に呼び出せるように準備されていなければならなかった。(そうした備えがなかったことをこの章で述べる。)

・もう一度問われなくてはならない。この「原発事故など、誰も経験したことがなかったから(対応が失敗した)」という弁明は正当なのか。…私の取材の結果から言えば、この弁明は失当である。→ 「原発事故が起きると、どう事態が進行するのか」「何をするべきなのか・してはならないのか」は研究され尽くされていた。…1990年代中頃から約10年間、政府・電力会社・原発メーカーの「原子力産業界」では、予算と人材を出し合って原発事故が起きた場合のシミュレーション研究を進めていた。→ その研究成果を事故が起きた時に活用するソフトウェアやシステムも完備していた。

・その成果はシミュレーションソフト「PBS」(Plant Behavior System プラント挙動解析システム)として電力会社(※「東電はPBSを持ってなかった」と後述?…P284)やオフサイトセンターに常備されていた。…日本にある原子炉それぞれについて、事故予測ができるようになっていた。→ 事故が起きた場合の放射性物質の動き方や避難の方法は、書籍にまとめられ、一般書として市販されていた。…経産省は「原子力防災専門官」という役職を設置し、研修もしていた。そこには、福島第一原発事故で実際に起きた現実を正確に予測した内容が含まれていた。(※そんなすぐれものが事前に準備されていたのか…。しかも一般書として市販されていた!)

・ところが、福島第一原発事故が起きた実際の過程では、こうした事前の準備はまったくと言っていいほど役に立たなかった。…「PBS」のシミュレーションデータは首相官邸に届けられたのに、その重要性を政治家は理解できず、官僚は説明しなかった。誰も理解しなかった。→ 事前の準備のほとんどが死蔵されてしまった。(1章で既述)

・多大な予算と人的資源と時間を投じて準備された知見とシステムが、なぜ福島第一原発事故の「本番」でまったく活用されずに終わったのか。→ 政治家・官僚・産業界・学界の「原子力コミュニティ」の中で、蓄積してあった知見を本番につなげることができない「ミス」があったのだ。
・しかし、それが意図的なのか事故なのかは、私の取材の範囲では、まだ分からない。組織の欠陥なのか、制度上の欠陥なのか、ヒューマンエラーなのかは、まだ分からない。…その全貌はまだ謎に包まれている。責任当事者の多くが取材を拒否したまま、沈黙しているからだ。…政府・国会など事故調査委員会も、そうした経緯にまで踏み込んだものはゼロである。



○事故と被曝の過程は正確に予測されていた


・原発で事故が起きた場合、放射性物質漏れはどうした規模で発生し、どういう挙動、方向、スピードで進むのか。住民はどうやって避難させるべきなのか。…この章で紹介する松野元、永嶋國雄、森本宏の三人は、今回の事故が起きる前に、それを的確に指摘していた。そしてそれを書籍として刊行していた。

・松野、永嶋は、政府や電力業界、原発メーカーが設立した外郭団体で事故シミュレーションを作った当事者である。森本は、元消防署長で「原発防災」の専門家。→ しかし、三人のうち誰も、福島第一原発事故が進行していた当時に、政府や東電から協力を要請されたことがない。政府や電力会社の「緊急時のための原発防災専門家リスト」には、まったく入っていなかったようだ。…こうした貴重な知見や人的資源が埋没し、死蔵されてしまったことも、日本の原発事故対策の欠陥として記録され、教訓にされなければならない。←→ しかし、松野さんら三人は、今も「知られざる存在」のままなのだ。(※彼らが外された経緯は後述…)

・著者が松野さんらの存在を知ったのは、事故後、原発事故の取材資料をネットで検索していて、松野の『原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために』という本を見つけたにすぎない(一般書店で売られている本で、アマゾンで入手)。→ そして松野さんが永嶋さんを紹介してくれた。(※社員記者たちは横並び取材だけで、こういうことは誰もやっていない…?)

・しかし、読み進めるうちに驚愕した。福島第一原発事故で現実になる甚大事故と住民被曝の過程が、すべて正確に予言され、政策や制度の不備が指摘されていたから。→ そして住民を被曝させないためにはどんな避難対策を講じるべきなのかが、具体的に記されていた。

・「原子力施設から放射性物質が放出されると、それが雲状に広がり、『放射性プルーム』ができる。放射性プルームは、大気中を広がりながら移動し、その方向や速さは、風向き、風速等の気象条件によって変わる」…これは福島第一原発事故で起きた現実そのものだ。→ 驚いて本の刊行時期を確認すると2007年…事故の4年前である。

・筆者の松野元さん(1945年生まれ)は、東大工学部卒業後、四国電力に入り、伊方原発にも勤務していた「原子力ムラ」の真ん中を歩んできた人。しかも、経産省の関連団体「原子力発電技術機構」(NUPEC)に出向。→ このNUPECは、3年後に「原子力安全基盤機構」(JNES)に発展…その仕事は「原子力災害対策」の立案を担当する実務センター。

・引退して愛媛県松山市に住む松野さんを訪ねた。…そこで、松野さんが現役当時、全国の原発事故の対策システムを設計・運用する責任者だったことを聞いて、言葉を失った。→ 当然のことながら、「ERSS」(緊急時対策支援システム)と「SPEEDI」の両方に精通していた。

・話題になった「SPEEDI」が放射性雲の流れを警告する「口」なら、「ERSS」はそれと対になる原子炉の情報収集(圧力や温度、放射性物質放出量の予測など)をする「目と耳」だ。

・松野さんは、専門担当者向けの「原子力防災研修」の講師もしていたという。→ つまり松野さんが書き残した知見は、経産省や、その下にある原子力安全・保安院に受け継がれていなくてはならないはずだった。←→ だが、松野さんが書いた本は原発災害対策の「教科書」であったのに、3・11で国はその「教科書レベル」の対策ができなかった…ということになる。



○15条通報=住民避難スタートのはずだった


〔著者注:以下のインタビューは2012年2月に行われ、『原発難民』(※→「震災レポート⑳」)にも収録してあるが、日本の原発防災政策の不備を検討するという文脈から再び引用する。〕

(質問)…国は「SPEEDIのデータは不正確だから公表しなかった」と説明していたが。
(松野)…例えSPEEDIが作動していなくても、私なら事故の規模を5秒で予測して、避難の警告を出せると思う。「過酷事故」の定義には「全電源喪失事故」があるのだから、プラントが停電になって情報が途絶する事態は当然想定されている。
(質問)…「原発事故の展開を予測することはできなかった」と政府当局者は口をそろえていたが…。
(松野)…そんなことはない。台風や雪崩と違って、原子力災害は100倍くらい正確に予測通りに動くんです。
(質問)…当初は福島第一原発から放出された放射性物質の量がよく分からなかったのではないか。どれくらい遠くまで逃げてよいのか分からないのではないか。
(松野)…総量など、正確に分からなくても、だいたいでいいんです…(そう言って、松野さんは自著のページを繰り、「スリーマイル島事故」と「チェルノブイリ事故」の記述を示した)…スリーマイル島事故では避難は10キロの範囲内…チェルノブイリでは30キロだった。ということは、福島第一原発事故ではその中間、22キロとか25キロ程度でしょう。とにかく逃がせばいい…私なら5秒で考えます。全交流電源を喪失したのだから、格納容器が壊れることを考えて、25時間以内に30キロの範囲の住民を逃がす。

〔避難のタイムリミット「25時間以内」の計算…「メルトダウンに数時間」+「格納容器破損に約20時間弱」+「放射性物質が住民に到達するまでに1~2時間程度」=25時間以内……P249〕

(質問)…「全交流電源喪失」はどの時点で分かるのか。
(松野)…簡単です。「原子力災害対策特別措置法」第15条に定められたとおり、福島第一発電所が政府に「緊急事態の通報」をしている。3月11日の午後4時45分です。このときに格納容器が壊れることを想定しなくてはいけない。つまり放射性物質が外に漏れ出すことを考えなくてはいけない。ここからが「よーいスタート」なのです。

・私はあっけにとられた。法律はちゃんと「こうなったら周辺住民が逃げなくてはいけないような大事故ですよ」という基準を設けていて、「そうなったら政府に知らせるのだよ」という電力会社への通報義務までつくっているのだ。…「全交流電源喪失・冷却機能喪失で15条通報」=「格納容器の破損の恐れ」=「放射性物質の放出」=住民避難スタート」…なのだ。

・東日本大震災発生(午後2時46分)から、わずか1時間59分で、政府にその15条通報が来ていた。…すると、後に「全交流電源喪失~放射性物質の放出」の間にある「メルトダウンはあったのか・なかったのか」という論争は、住民避難の観点からは、何の意味もない枝葉末節であることがわかる。→ 「15条通報」があった時点で、「住民を被曝から守る」=「原子力防災」は始まっていなくてはならなかったのだ。

(松野)…甲状腺がんを防止するために子どもに安定ヨウ素剤を飲ませるのは、被曝から24時間以内でないと効果が急激に減ります。放射性物質は、風速10mと仮定して、1、2時間で30キロ到達します。…格納容器が壊れてから飲むのでは、意味がない。→ 「壊れそうだ」の時点で飲まないといけない。



○すべてが後手に回ったのは廃炉を避けたかったから


・ところが、政府が原子力緊急事態宣言を出すのは午後7時3分(なぜこれほど遅れたかは1章で既述)。…このインタビュー時に、松野さんはすでに「一刻を争うという時間感覚が官邸にはなかったのではないか」と指摘した。

(質問)…首相官邸にいた班目(原子力安全委員会)委員長は「情報が入ってこなかったので、総理に助言できなかった」と言っていますが…。
(松野)…いや、それは内科の医師が「内臓を見ていないから病気が診断できない」というようなものだ。中が分からなくても、原発災害は地震や台風より被害が予測できるものです。…「全交流電源喪失」という情報しかないからこそ、その意味するところを説明できる専門家が必要だった。→ 専門家なら、分からないなりに25時間を割り振って、SPEEDIの予測、避難や、安定ヨウ素剤の配布服用などの指示を出すべきだったのです。→ ERSS(原子炉の情報収集)の結果が出てくるまでの間は、SPEEDIに1ベクレルを代入して計算することになっている。その上で風向きを見れば、避難すべき方向だけでもわかる。私なら10の17乗ベクレル(スリーマイル島とチェルノブイリの中間値)を入れます。それで住民を逃がすべき範囲もわかる。…私がいた時は、このような先をよんだ予測計算も訓練でやっていた。…この最初の津波が来るまでの1時間弱のロスが重大だったと思う。(※班目委員長は専門家失格か…)
(質問)…すべてが後手に回っているように思えるが、なぜでしょう。
(松野)…何とか廃炉を避けたいと思ったのだろう。原子炉を助けようとして、住民のことを忘れていた。…太平洋戦争末期に軍部が「戦果を挙げてから降伏しよう」とずるずる戦争を長引かせて国民を犠牲にしたのと似ている。(※これも「戦争期の失敗」の繰り返しか…)
(質問)…廃炉にすると、1炉あたり数兆円の損害が出ると聞く。それでためらったのではないか。
(松野)…1号機を廃炉にする決心を早くすれば、まだコストは安かった。2、3号機は助かったかもしれない。→ 1号機の水素爆発(12日)でがれきが飛び散り、放射能レベルも高かったため2、3号機に近づけなくなって、15日(2号機)と14日(3号機)にそれぞれメルトダウンを起こした。→ 1号機に見切りをさっさとつけるべきだった。…1号機は40年経った原子炉なのだから、そろそろ廃炉だと分かっていたはず。→ 私が所長なら、「どうせ廃炉にする予定だったんだから、住民に被曝させるくらいなら、廃炉にしても構わない」と思うだろう。←→ 逆に、被害が拡大して3機すべてが廃炉になり、数千人が被曝する賠償コストを考えると、どうか? 私は10秒で計算する。→ 普段から「老朽化した原子炉で、かつシビア・アクシデント対策が十分でない原子炉に何かあったら、廃炉にしよう」と考えておかなければならない。



○格納容器の破損を考慮しなかった立地検査


・松野さんは、さらに驚くような話を続けた。…そもそも、日本の原発周辺の避難計画は飾りにすぎない。→ 国は原子炉設置許可の安全評価にあたって、格納容器が破損して放射性物質が漏れ出すような事故を想定していない。←→ もしそれを想定したら、日本では原発の立地が不可能になってしまうからだ。そんな逆立ちした論理が政府や電力業界を支配している…というのだ。

(松野)…政府は、原子力発電所の「立地審査指針」で、「非居住地域」「低人口地帯」を考慮して立地するように、としている。←→ しかし格納容器が壊れないことを前提とすれば、重大事故や仮想事故を仮定しても、放射能影響は「1キロ以内=原発の敷地内」に収まることができるので、「非居住地域」と「低人口地帯」を具体的に考えなくて済む。(※科学的根拠のない「都合のいい結論」を「前提」にする、という逆立ちした論理…)
(質問)…1979年のスリーマイル島事故のときの避難範囲は5マイル=8キロ程度だった。→ つまり、もし格納容器が破損し放射性物質が漏れ出したとき、住民への被害を避けるなら、「非居住地域」「低人口地帯」は半径8-10キロでなければならないことが分かった。…そのときに日本でも半径10キロに基準を変更すればよかったのでは?
(松野)…10キロに広げると、日本では原発そのものの立地がほとんど不可能になるだろう。アメリカやソ連と違って、この狭い国土に、半径10キロが非居住地域なんて、そんな場所はほとんどない。あったとしても用地買収が大変だ。→ しかし半径1キロなら、原発の敷地内だけで済んでしまう。…半径10キロは砂漠や荒野を持つ国の基準です。
(質問)…それは「日本に原発を造るために、格納容器の破損はないことにしよう」という逆立ちしたロジックではないか。
(松野)…そうです。「立地基準を満たすために、格納容器は壊れないことにする」という前提です。…この前提は、福島第一原発事故で完全に崩れしまった。→ それを無視したままで何も対策を取らないでいるのだから、今のままでは、日本政府には原発を運転する資格がないとさえ言える。(※う~ん、原発再稼働の許可が次々と出始めている…)

・この話を聞いたとき、私は耳を疑った。…しかし、私が2011年春に福島第一原発事故の現場で見て以来、悩み続けた数々の謎は、これを前提とするならば、すべて説明がついた。そして、その後の取材とも合致した。(2、3章参照)

(1)原子力防災の司令室になるはずだった「オフサイトセンター」が原発から5キロという至近距離にあったために、交通や通信の途絶、空中線量の上昇で放棄せざるを得なくなった。→ なぜそんな至近距離に司令本部を作ったのか。
(2)原発周辺の住民が脱出するための避難道路が整備されていない。…そのため車が渋滞し、麻痺した。→ なぜ脱出道路が整備されなかったのか。
(3)なぜ原発周辺から脱出するためのバスなど移動手段の用意がなかったのか。
(4)3・11前、原子力防災訓練は、原発から3キロの範囲の住民を対象に行われ、3キロ以内の施設に避難していた。→ なぜ原発周辺から外へ脱出する訓練が行われなかったのか。

・しかし松野さんが言うように…「格納容器が壊れることはない=放射性物質が外に漏れ出すことはない」という前提で立地審査が行われ、かつ「立地審査が通れば、事故も起きない」という誤謬(※「安全神話」)がまかり通った…と考えれば、すべて説明がつく。→ こうした「誤謬の上に誤謬を重ねた前提」で決められた安全対策の構造が、全国の原発でそのまま残されていることは、4章で検討した通りだ。

(質問)…では「地震や津波さえなければシビア・アクシデントは起きない、だから再稼働は許される」という論法は間違いだ、ということになりますか?
(松野)…確かに、津波が来なければ、3・11のような事故は起きなかっただろう。しかし、再稼働した原発は、今なおその弱点を抱えたまま運転を継続している、ということを想像してみてください。…「テロ」「ミサイル攻撃」「航空機墜落」「勘違い誤操作」などに対して、依然弱点をさらしたままだ。→ そもそも原子力防災の精神は「事故がすぐに起きるとは思っていないが、事故対策は必要」です。←→ 「事故は必ず起きるから対策を取れ」ではありません。…それは占い師や反対派の言うセリフだと思う。→ 健全な原子力の推進には適切な保険が必要なのです。適切な保険とは「世界水準の保険」にほかならない。
(※う~ん、「健全な原子力の推進」派であろう松野氏から見ても、日本の原発政策は、誤謬に誤謬を重ねた前提の上に成り立っており、それは「世界水準の保険」もなかった。そしてそれは、福島原発事故の後も、そのままになっていて、依然弱点をさらしたままだ、ということか…)



○「格納容器が壊れない」説が跋扈した理由


(質問)…いつ、どうした経緯でこんなグロテスクなことになったのか。
(松野)…立地指針は1964年の策定だが、その後、四国電力の伊方原発の設置許可をめぐって、裁判が争われた。→ 原発推進派と懐疑派との原発の安全性をめぐる総力論戦になったが、ここで原子力安全委員会の内田秀雄委員長(東大教授)が、「格納容器は壊れない」説を強弁した。それがずっと生きている。…そこで内田教授は「ディーゼル発電機その他のバックアップ電源がある。100万年に1回の確率だ」と主張した。→ 裁判官も原子力発電所の安全基準なんて門外漢だから分からない。そこでこの「設置許可基準を満たせば安全」というロジックに乗ってしまった。そのロジックをそのまま使った判決内容だった。
(※100万年どころか、その判決確定(住民側敗訴)から20年も経たないうちに、福島原発事故で格納容器は壊れた…)

・私は暗い気持ちになった。…「原発反対派」でも何でもない、四国電力の技術者で原発事故防災の専門家だった松野さんが、国が勝訴して四国電力の原発設置を裁判所が認めた判決を、批判しているのだ。

(質問)…伊方訴訟の判決が、その後の全国の原発行政にずっと影響を与えているのか。
(松野)…「設置基準を満たしさえすれば、その原発は安全だ」という誤解が広まってしまった。…これは本来まったくおかしい。設置基準と、実際に事故が起きるかどうかはまったく別の話だ。まして事故が起きたらどう避難するかは別次元の話です。…ビルを建てるときは防火基準を満たさなければならない(耐火建材を使うとか、非常口を設けるとか)。←→ でも、安全基準を満たしたからといって、火事が絶対に起きないとは言えない。→ だからこそ避難経路は決めておく。避難訓練をする。…つまり許可基準と事故の可能性とはまったく別の話だ。

・これは重要な指摘だ。…非常用の避難路を用意し、防火扉を設置し、難燃材料を使い、消火器を置いて消防署の検査に合格したビルでも、「火事が起きない」と保証していることにはならない。←→ つまり、「設置基準をクリアしているから、原発事故は起きない。防災対策は不要」というロジックは破綻している。…そんな破綻が国の政策として長年まかり通っていたわけだ。→ つまり、2011年3月11日よりずっと前に、すでに日本の原発の安全対策(住民を被曝から救う対策も含む)は、論理的に破綻していた、ということだ。…それを政府は見て見ぬふりをした。政治家や報道、裁判所は無視するか、見過ごした。
(※最近の再稼働容認の判決も、この誤解・破綻のロジックによってなされている…)

(質問)…シビア・アクシデントを想定していなかったことが、福島第一原発事故ではどのような形で具体的に現れているか。
(松野)…電源を喪失してから電源車を必死で探したり、注水のためのポンプ車を探したりしていたのは、おかしいと思わなかったか。「どうしてそういう訓練がなかったのだろう」と思わなかったか。→ シビア・アクシデントを想定できていれば、そしてそれへの対策不足を認識していれば、すぐに海水注入してベントもして、と手順はすぐに決まっていたはずだ。
(質問)…どうしてシビア・アクシデントへの対策がこれほどお粗末なのか。こんな状態なのは日本だけなのか。
(松野)…チェルノブイリ事故のあと、世界はシビア・アクシデントに備えた対策を取るようになった。←→ 日本だけが30年遅れている。(※30年も遅れている…!)
(質問)…日本の原発の安全設計は、国際水準から見るとどれほど遅れているのか。
(松野)…IAEA(国際原子力機関)は「5層の深層防護」を主張しているが、日本のそれは3層しかない(※原発事故は敷地内で収束するという前提での事故対策)。それが日本の原子力発電所の致命的な弱点だ。…足りない2層は「シビア・アクシデント対策(鎮静化)」と「原子力防災(避難)」。→ 原子力防災(避難)がなかったために、住民を逃がすことが忘れられてしまったのだ。…ほぼ30年前のチェルノブイリ発電所事故の後に世界で行われたシビア・アクシデント対策がしっかりしていれば、(放射性物質を除去する)フィルター付きベントがほぼ機械的に行われて、住民避難が容易になっただろうし、最後の最後には原子炉を廃炉にする余裕もあったと思う。
(※IAEAの「5層の防護基準」についての詳細は…『原発難民』→「震災レポート⑳」参照…アメリカは第6層(立地)の防護基準まで定めているという…)
(質問)…(日本は)なぜそんなお粗末な状態になったのか。
(松野)…ちょうどその頃から、日本の原子力エネルギー政策はプルサーマルに傾斜していくのです。核燃料サイクルがうまくいかなくなっていた頃だった。→ 各地でMOX燃料を使う計画が持ち上がり、その地元説明会やその論理構築といった対策に一生懸命になった。→ 真剣な原子力推進から空虚な原子力推進へと人事がシフトした(※その頃、松野さんたちも外された…?)。→ それでシビア・アクシデント対策が無防備なままになった。
(※う~む、「核燃料サイクル」への異常な執着も福島原発事故の要因の一つになっている…?)

・「プルサーマル発電」とは、通常のウラン燃料にプルトニウムを添加して燃料(MOX燃料)とする発電。…プルトニウムは、原発で燃やしたウランの燃えかすとして出てくる。猛毒であるほか、核爆弾の原料になりうるため、貯蔵量をIAEAに報告し、査察を受けなくてはならない。…日本は、このプルトニウムを青森県六ヶ所村で再処理してプルトニウム燃料に変え、福井県の高速増殖炉「もんじゅ」の燃料にする「核燃料サイクル」を計画したが、もんじゅは度重なるトラブルで1994年以来休止したままだ(※最近の報道では、ようやく廃炉が決まったよう…)。原発が稼働して溜まる一方のプルトニウムを再利用する策として打ち出されたのが「プルサーマル発電」だった。…福島第一原発では、3号機がMOX燃料を使っている。(※う~む、くすぶり続ける、「原発への執着」=「核武装への執着」という疑念…「核燃料サイクル」や「プルサーマル発電」はそのカモフラージュ…?)



○このままではまた同じことが起こる


(松野)…端的に言えば、日本の原発の「設置許可」と「防災対策」はリンクしていないのです。「防災対策」は「設置許可」の条件になっていない。

・これも重要な指摘である。→ 現在も「事故が起きたときの住民避難対策が不備だから、原発の建設を許可しない」というロジックを国は採用していない、ということだ。…そもそも、原子力災害対策特別措置法では、原発事故の際の住民避難の責任主体は国であって、電力会社ではない。→ 原発を作るのは電力会社だが、彼らにすれば「住民避難は自分たちの責任ではない」という認識になる。
〔※う~ん、今もまさしく、「住民避難対策が不備のまま」、その責任主体が国(原子力規制委員会)なのか、自治体(県、市町村)なのか、電力会社なのか…曖昧なまま、原発再稼働が進行しつつある…という、あまりに〝日本的な風景〟…〕

(質問)…もし3・11のときに、松野さんが防災の責任者だったら、避難範囲を半径何キロが適当だったと思うか。
(松野)…私が2000年代に原子力発電技術機構に出向していたとき、ERSS(原子炉の情報収集システム)を改良・運用する責任者になった。…そのときに、EPZ(避難範囲)がそれまでの10キロ圏では大幅に不足すると考え、チェルノブイリ級の事故を想定してERSSで「100キロ圏に影響が及ぶ過酷事故の予測訓練内の避難訓練」を実際に実施していた(※日本の現場には、このような人もいたのか…)。→ しかし「100キロの想定」は拒絶されました。…防災指針で避難範囲(EPZ)を「8-10キロ」と決めたのは私だという学者が「私の顔をつぶす気か」と立腹されたから。(※これも、あまりに〝日本的な光景〟か…)
(質問)…それは誰ですか。
(松野)…具体的には言えません。(烏賀陽注:後述する永嶋國雄氏が具体名を証言…)
(質問)…住民被曝は誰の責任が重いと思うか。
(松野)…政治家、官僚、学者、報道、関係者みんなが何らかの形で罪を犯している。家に火がついているのに、全員が見て見ぬふりをしたようなものだ。あるいは「自分が無能なことを知っていながら該当ポストに就いて給料を受け取っていた」と言うべきか。→ この責任を報告書にまとめるのは並大抵ではないだろう。部内者ではだめです。真面目な専門家を入れた第三者でないとできない。→ このままうやむやにすると、また同じことが起きるだろう。「負けるかもしれない」「負けたときにはどうするのか」を誰も考えないのなら、(電力会社も)戦争中(の軍部)と同じです。…負けたとき(最悪の原発事故が起きたとき)の選択肢を用意しておくのが、私たち学者や技術者の仕事ではないですか。



○事故調査委員会の追及は真剣さが足りない


(質問)…事故調査委員会の調査をどう見ているか。
(松野)…事故調査委員会は原子力防災の専門家なしで調査を進めている。…本来は「全交流電源喪失事故とは何なのか」「15条通報が原発からあったとき、何をすればよかったのか」を助言する立場の原子力安全委員会(学者)は、自分が被告席にいるので、聞かれたことしか答えない。…「ERSS/SPEEDIを使った初動とはどういうものか」を説明するはずだった原子力安全・保安院(官僚)も同じ被告の立場だ。聞かれたことしか答えない。→ こんな調子で、調査委員会には「深掘り」の力がない。…「(首相官邸の)過剰介入」とか「(東電社員の原発事故現場からの)撤退」などは本質的な問題ではないのだ。…「事故原因は津波だ」と言い、一方では「システムの欠陥(ERSS/SPEEDI)だ」と言う。あたかも、この二つに責任があるかのように言っている。→ 技術的な要因について真剣な追及がない。…「あのときそれぞれの関係者がどうすれば住民の避難を最も素早く容易にすることができたのか」とか「発電所側は住民に被曝させないために何をしなければならなかったのか」とか、核心に迫った内容になっていない。…スリーマイル島事故の後に出された米国の「ケメニー報告」などと比べても見劣りする。
(※「失敗」から学べない、日本の負の風土…?)



○バックアップシステム「PBS」が存在した


・「ERSS/SPEEDIが作動しなかったから住民避難に失敗した」という弁明は、もう一つの事実によって否定される。→「地震・津波のような複合災害で発電所からの現地情報が途絶した場合でも、その機能をバックアップする『PBS』という予備システムがちゃんとあった」という事実である。…〔PBS(プラント事故挙動データシステム)…原子炉に過酷事故が起きたとき、どれくらいの時間で燃料が溶けて格納容器が壊れるか、その結果、放射性物質がどれくらいの量放出されるかを、日本全国の原子炉ごとにあらかじめシミュレーションして蓄積したデータベース〕

・万一の事態として、ERSS(原子炉の情報収集システム)が作動しても、原子力発電所からのデータそのものを送れないという事態がありうる。→ するとSPEEDIは作動しない。…またERSSは作動しても、演算には30分ほどかかる。→ 避難開始に間に合わないかもしれない。

・PBSは、そうした「最悪の事態」になった場合でも、どの原発、どの原子炉で事故が起きても対応できるように、何種類もの過酷事故をあらかじめシミュレーションしてデータベースとして用意してある。…PBSの内容はDVD-ROMに保存され、各原発のオフサイトセンターに常備されている。→ 典型的な過酷事故の様子は、オフサイトセンターで必要に応じていつでも見たり研究することもできる。…つまり、3・11のように電気や電話網が広域でダウンしてしまうような大災害が起きたとしても、住民が被曝しないよう避難できるようなバックアップのシステムはちゃんと用意してあった。←→ 政策当局者はそれを使えなかった。…この事実を知ると、福島第一原発事故は、「あらかじめマニュアルに決めてあったことすら守れなかった」あるいは「マニュアルがあったことすら忘れていた」に近いことがわかる。(※う~ん、このことは、烏賀陽氏以外に誰も公表していないのか…?)

・(1章で述べたように)PBSのデータは3月11日夜には首相官邸に届いている。←→ しかし、住民避難にPBSのデータが生かされた形跡がない。…原子力安全・保安院(PBSの所管官庁であり、原子力災害対策本部の事務局)の平岡次長は、PBSの重要性を首相や経産大臣周辺に助言していない。→ そのため、誰もその重要性に気づかず、せっかくのPBSの情報は「素通り」されてしまった。→ さらに、国会・政府など事故調査委員会の報告書では、PBSの存在すら指摘されていない。…これも深刻な検証能力の欠如として記録しておくべきだろう。



○日本のメーカーはPBSの開発を拒否していた


・このPBSを作った責任者の永嶋國雄さん(71)を、(松野さんの勧めで)2012年9月に横浜市郊外の自宅に訪ねた(その後も何度か取材を重ねた)。…その話の内容も、松野さんに劣らず衝撃的だった。

・(前述のとおり)ERSSがダウンして原子炉のリアルタイムのデータが取れなくても、そういう場合のバックアップシミュレーションとして「PBS」(プラント予測システム)が用意されていた。→ PBSを起動して計算したデータを使えば、SPEEDIを動かすことができ、放射性雲が流れる方向を予測できた。…永嶋さんはそう指摘する。

(質問)…原発事故時の予測システムPBSの開発にかかわられた経緯を教えてください。
(永嶋)…私は東芝の出身で、そこからNUPEC(通産省の外郭団体)に出向していた。1995年頃からPBS開発の話が始まった。←→ けれど、電力会社は「後ろ向きな対応」というか、むしろやらせたがらない。…そういうプレッシャーも実際に開発にはかかってきた。
(質問)…PBSは日本生まれですか。
(永嶋)…予測システムの概念は日本独自のものです。→ 予測システムに使用するシミュレーションコードは、アメリカのコードを採用した。←→ 日本でそれを開発しようとすると、技術力があるのは東芝、日立、三菱(※いわゆる原発メーカー)だが、仕事を受けようとしない。要するに電力会社の圧力がある。→ 開発予算が十分あったので、アメリカの民間会社と国立研究所に発注した(詳細はP253)。…アメリカはいろんなシビア・アクシデントの実験(原子炉破壊実験や格納容器破壊実験など)を実際にやっている(※これも日米の違いの一つか…)。…日本の電力会社は、こっちが外国に発注することに対しては何も言えなかった。
(質問)…国内でやろうとすると邪魔をするのですね。
(永嶋)…先ほどのメーカー3社は、技術力はあるのにやろうとしなかった。常に電力会社から圧力があるから。→ 東芝出身の私にも、東芝の営業から2回連絡があった。営業担当と酒を飲んだら、「東電の言うことを聞け」と言う。(※う~ん、これも極めて〝日本的な光景〟か…詳細はP254~255)

・これは重要な証言である。→ 原発事故についてシミュレーションをしておくことすら、電力会社は妨害しようとした、ということだ。しかも表のルートではなく、永嶋さんの出身企業である東芝の営業担当を通じて水面下で圧力をかけた(※日本の支配者層の常套手段…?)…東芝は原発の主要メーカーの一つであり、電力会社は同社に仕事を発注する「発注主」という強い立場にある。→ そうした電力会社の意向を汲んで(※忖度!)、「東芝、日立、三菱」などの国内メーカーは、技術力はあるのに事故シミュレーション作成に参加しようとしなかった。…後述するように、永嶋さんのPBSの開発プロジェクトは、れっきとした政府予算を受けた事業である。電力業界の隠れた意思と手法がわかるエピソードだ。
〔※う~ん、日本という国で物事が決まっていく典型的なパターンか…。そして大手報道機関は、「広告主」の意向を汲んで(忖度)、こうした事実を記事にしない・できない、という構造…〕



○福島原発事故に活用できなかったPBSの威力


(質問)…何がシビア・アクシデント対策のきっかけだったのか。
(永嶋)…(1986年の)チェルノブイリ事故です。世界各国が事故対策を検討し始めた。→ 緊急時対策の研究をやるのは良いことだと、大蔵省もかなりの予算をつけてくれた(ERSSシステムの開発だけで100億円ぐらい…詳細はP256)
(質問)…「政府担当者が分かってない」というのは?
(永嶋)…私が付き合った担当者は、地方局から出向してる人…だいたい異動で3~4年で変わる。だからあんまり勉強しようとしない。…だけど通産省と大蔵省は方向として非常によいことをやった。→ その後(99年に東海村で臨界事故が起きて)、今度は「オフサイトセンター」を作った。それを含めて総額1000億円くらいの金が付いた。(詳細はP257)

・これも重要な証言である。…PBSの開発にも100億円の税金が投入されたと永嶋さんは証言している。→ それが福島第一原発事故の本番ではまったく無駄になった。…そして事故調査委員会は、その税金の浪費を指摘するどころか、存在にすら言及していないのだ。

(質問)…それほど金と時間をかけたシステムが、なぜ3・11で機能しなかったのか。
(永嶋)…ERSSの中でPBS以外は津波で全部動かなくなってしまった。でも、PBSだけは独自に動かすことができる。非常に簡単に動かせる構造になっている(オフライン型で、停電や通信回線途絶でも、普通のパソコンでDVD-ROMが起動すれば使える)。
(質問)…確認ですが、日本国内54基の原子炉すべてについて予測シミュレーションが出せる、つまり福島第一原発のそれぞれの原子炉について、固有の特性(事故診断)が出せるのですね?
(永嶋)…そうです。一つずつについていろんな事故診断をやってきました(最悪の状態も全部想定してシミュレーションしてある)。→ 何も復旧操作もないという条件で計算すると、何時間後に原子炉圧力容器が破損して、格納容器の破損が何時間後って、そういう計算をする。→ 状況が変われば、その時点でその条件を入力すれば、計算し直し、1時間で計算結果を出せる。そういうシステムを作った。(※そんなすごいシステムがあったのか…詳細はP258~260)



○放射能の放出量は事前にわかっていた


(質問)…そうすると、3・11で現実に起きたことのように、地震で通信が途絶して原発のリアルタイムのデータがSPEEDIに入力されなくても、PBSがあれば「福島第一の1号機」「2号機」「3号機」というふうに呼び出して、シナリオが演算できた、ということですね?
(永嶋)…そうです。そのとき同時にPBSは放射能放出量も出します。→ PBSが出した放射能放出量をSPEEDIに入れる。→ SPEEDIは、住民がどのくらいの被曝をするかも計算できる。簡単にできちゃう。

・福島第一原発事故が進行していた当時、政府は、どのくらいの放射能が放出されるのかは「わからない」と発表し続けた。→ SPEEDIの存在が明らかになった後も、「原子炉のデータが取れなかったので、SPEEDIは役に立たなかった」と、班目春樹はじめ学者や官僚は弁明を続けている。→ 事故調査委員会や政治家も、その弁明を受け入れている。→ 報道もそこを追及していない。←→ 永嶋氏の証言は、これを否定する内容である。

・ここまでの事実が明らかになると、報道や事故調査委員会が力点を置いている「ERSS/SPEEDIがうまく作動しなかったこと」は、さほど重要ではないことがわかる。→ 永嶋さんの証言で「ERSS/SPEEDIが作動しなくても、PBSという予測システムがあった」からだ。→ さらに松野さんは「PBSがなくても、避難すべき方向(避難すべきでない方向)や範囲、時間は予測できた」と証言している。
⇒ 同原発2号原子炉から大量の放射性物質が漏れ出し、北西に流れて福島県南相馬市や飯舘村の住民・避難者が無警告のまま被曝したのは、事故発生後4日も経った同年3月15日である。…つまり、3・11当時の政府当局者は4日間、三重のミスを重ね続け、住民を被曝させたことがわかる。…「惨憺たる有様」としか言いようがない。→ こうした事実も、政府・国会事故調査委員会はまったく指摘していない。

(質問)…放出量は「出てみないとわからないもの」だとばかり思っていた。そうじゃなく、事前にわかるんですね。
(永嶋)…格納容器からベントする場合とか、最終的に格納容器が破壊される場合とかの放射能放出量も、出すことができます。→ 壊れると同時に、中の放射能がどれぐらい出るか計算してある。…希ガスとか、ヨウ素、ストロンチウム、プルトニウム、ほとんどすべての種別について全部計算できる。→ シナリオとしては、だいたいが注水が止まっちゃうわけです。→ 全電源喪失になって水位が下がって炉心が露出する。溶融するわけです。→ 溶融した燃料も圧力容器の下に溜まる(※メルトダウン?)。下に溜まって底をえぐる。→ 圧力容器をえぐったらその下はコンクリートで、それもえぐっていく(※メルトスルー?)
(質問)…溶けた燃料がコンクリートさえ突き破って潜り込むと、地下水と反応して水蒸気爆発するんじゃないか、という指摘もあるが。
(永嶋)…放置したらそうなる。…だけど、いろんな条件で計算したが、最終的には何でもいいから格納容器に水を放り込む。→ そうすると反応を止められる。すると格納容器が破損する前に止められる。…格納容器の外には地下水があるが、そこまで行くことはまずない。
〔※う~ん、福島第一原発事故の場合、4号機の使用済み核燃料プールが壊れて、最悪の状況になった場合、〝全員退避〟というケースもあり得た、という…(アメリカなどはそれを一番恐れて、いち早く在日米人に「80キロ退避」を指示したらしい)。→ その場合は、1~3号機の原子炉も〝放棄〟せざるを得なくなったのではないか…?〕



○1時間に100トン注水できれば原子炉は冷やすことができる


(質問)…「水なら何でもいい」というのは、海水でもよいということか。
(永嶋)…そうです。今回の福島で大変だったのは、原子炉(圧力容器)に水を入れようとした。あれはやり方をわかってない人がやると、ちょっと難しかった。だからうまくできなかった(中の圧力が高すぎて水を押し戻してしまう)。→ 全電源喪失であれば、プラントにあるポンプは全部動かない。そうすると消防ポンプしかない。電気がなくてもエンジンでポンプを動かして放水できる。
(質問)…原発の中に消防ポンプは常時用意してあるのか。
(永嶋)…中越沖地震(2007年)以後、すべての原発で消防ポンプを設置した。消防署が持っている大型ポンプ。←→ それ以前は、半分ぐらいの電力会社は用意してなかった。東電は一切なかった。(※う~ん、東電の体質か…? 技術力も弱いようだし…)
(質問)…すると、福島第一原発も3・11当時、ポンプ車はあったということか。
(永嶋)…あったのだが、1号炉で早めに水素爆発しちゃったので、現場への接近がかなり大変になってしまった。それに(恥かしい話なんだが)原発の自衛消防隊(東電職員)に大型消防車を運転できる者がいなかった。→ だから、運転を下請け企業に頼んだ(だが、下請けが動いてくれなくて、説得するのに時間がかかった)。←→ しかし、普通免許で動かせるライトバン程度のポンプ車で充分注水できる。大型消防車は5000万円くらいするが、小型車なら500万円くらいで買える。(※確かに、恥かしい・ちぐはぐな話…詳細はP263~267)



○格納容器が破裂すると、避難範囲が100キロを超える


(質問)…ほかにも、電源車を苦労して運んだのに、コードが繋がらなかったという逸話がある。何のために「原子力総合防災訓練」を定期的にやっているのか。…訓練をしたのに、本番ではまったくできなかった。非常に不思議だが…。
(永嶋)…原発災害訓練は、放射能が出る量を勝手に決めてしまえる。要するに「放射能の出る量はこの程度にしておこう」と勝手に想定できる。…それが政府の決めた「防災指針」の「避難範囲10キロ」というやつです。「10キロに影響する量でやりましょう」と勝手に決める。←→ ところが、今回は現実が30キロになったから、もう何もできなかった。
(質問)…なるほど、逆立ちしたロジックですね。
(永嶋)…どこに責任があるか。→ 電力会社の役割としては「事故が起きても避難は10キロ以下にする」という責任でずっと今までやってきている。これは、世界どこでもそう。電力会社が絶対に10キロ以下に抑える。→ だから国とか県とかすべてが、10キロに相当するシナリオで防災体制を組んでいる。←→ それを(福島第一原発事故では)東電が守れなかった。

・永嶋さんの指摘はこういう意味だ。…原発の原子炉は電力会社の私有地にある私有財産。→ だから原発事故の対応には「原発敷地内部の事故コントロールは電力会社がやる」が前提としてある。…つまり、事故を10キロ圏内に抑えられなかったことの責任の主体は、一義的には国ではなく電力会社ということ。→ 永嶋さんのさらに驚くような話……PBSは「さらに事故が悪化した場合のシナリオ」も用意していたというのだ。
(永嶋)…ベントもできなかったら、どれぐらいヒートするか? → PBSの予測演算では、避難範囲が100キロを超えてた。…ベントできたなら、30キロぐらいに抑えられた。→ いろんなシナリオがあるが、170キロというのもある。原子力委員長・近藤駿介が出したもの。
(質問)…それは、1~3号機全部が、格納容器が破れてしまった場合のことか?
(永嶋)…原子炉一つでも格納容器が破裂すると、避難範囲が1000キロを超えてしまう。…原子炉にある放射能が全部出る、という仮定で計算すると、1000キロ超えてしまう(関西より西まで入ってしまう)。←→ でも、実際に格納容器が破裂しても、放射性物質の大部分はそこに留まっている。→ そういうシミュレーションをして計算していくと、100キロ超えるくらいに収まる(東京から福島第一原発までの距離の約半分)。それでさらに運転方法でそれを押さえ込めば、小さくできる。(詳細はP268~269)
(質問)…つまり、最悪の演算をすれば避難範囲は1000キロを超える。が、現実にはそれはほとんどあり得なくて、運転や何らかの予防措置によってそれが小さくなっていく、ということか。
(永嶋)…そう。「絶対に10キロ以上には広げない」というのが電力会社の役割だった。これはずっと昔から、その前提でやってきた。→ だから官邸のところに、なぜ10キロを越えたのかと批判が集まった。←→ それで菅総理も頭にきたんじゃないか? 東電は役割を何もやってないじゃないかと。…最終責任は総理大臣にある。戦争と同じです。最高責任者は総理大臣ですよ。しかし、総理大臣が保安院や東電に「どうやって抑えるんだ」と聞いても、一向に答えられない。→ だから「こんなアホなやつらではどうしようもない」と菅総理は「俺が行かなきゃ」と勘違いした。
(質問)…10キロ内に抑える責任が東電にあったとしても、原子力安全・保安院もすべきことがあったと思うが?
(永嶋)…保安院は東電より技術がない。だからどうしていいか分からない。それが実態なんです。
(質問)…電力会社は永嶋さんの研究や警告を知らなかったのか。
(永嶋)…読んでいる。でも、それを抑え込もうと思ったのだろう(※〝不都合な真実〟だったから?)。東電は何も言ってこない。電事連(日本電気事業者連合)からは呼びかけがありましたよ。「永嶋さんの言うことを参考にさせてもらえませんか」って。
(質問)…東電ではなく、電事連が反応したんですか。
(永嶋)…電事連は明らかに東電が悪いとわかってたから。専門家はわかってるんです、東電が何をしたか。…例えば、関電は運転再開(大飯原発の再稼働)に自信がある。…「普通の技術者だったらああいうことはしなかった」って思っている。
(質問)…福島第一原発事故を研究して「あんなことはしない」と言っているのですね。
(永嶋)…それともう一つ、プラントの大きな特徴の違いがある。…福島第一原発の「沸騰水型」BWRは、緊急時に原子炉を冷やすときに、原子炉に直接海水を入れる構造。→ 海水で原子炉系全部やられて廃炉になってしまう可能性が高い。←→(関電・大飯原発の)加圧水型PWRは、蒸気発生器の2次側に海水を入れる構造。→ 原子炉には海水を入れなくてよいから、安心して海水を使える。→ だからもし事故が起きたら、ただちに海水を注入する。そういう練習もしている。



○東電の運転員は勉強不足


(質問)…永嶋さんから見て、福島第一原発事故の対応でおかしいのは何でしょう。
(永嶋)…原子炉を壊さない運転操作を充分できるのに、明らかに運転操作がおかしい。…ex. 1号機のIC(電源がなくても炉内の圧力で動く冷却装置)の運転ミス…「ICが作動してると勘違いしていた」あるいは、誰かが勘違いしてマニュアルで止めてしまった。→ 津波が来てから(燃料棒が破損するまでに)あと2時間くらい余裕があるので、その間にICを再起動すれば冷却できた(問題なく抑えられた)のに、その運転操作をした形跡がない。…ICを止めておいても大丈夫だと、運転員が思っていたよう…。(詳細はP271~273)

・これも重要な指摘だ。…ICを止めてしまうと、崩壊熱を冷却してメルトダウンを防止する装置は、何も使われていないことになる。→ つまり崩壊熱で冷却水が蒸発し、燃料棒が露出して、空焚きになって溶解(メルトダウン)するまで、ノーガードで一直線ということだ。→ 実際にその通りになり、1号機は翌12日に最初の水素爆発を起こした(水素が発生したのは、燃料棒を覆っているジルコニウム被膜が熱で溶けたため)。…一体どうしてこんな無防備なことをしたのだろう。

(永嶋)…事故が進行していた当時、原子炉設計のベテランから私にメールが来た。「崩壊熱だったらそんなに燃料が溶けることはないんじゃないか。マスコミが騒いでいるのはおかしい」と。…原子炉を設計しているベテランでさえそう思っている。→ 東電の運転員はあまり勉強していないのか、そういうことがわからない。
(※日本の原発関係者の現状は、その程度の「総合力」ということか…?)



○週に2,3回はPBSのシミュレーションをやっていた


(質問)…永嶋さんは著書や講演で「崩壊熱こそ怖い」と言っています。
(永嶋)…原子炉を止めた後でも、注水がないと、3時間後には燃料が露出して、さらにあと1時間で燃料が溶け出す。崩壊熱のせいです。→ そういうことはPBSに全部入っている。
(質問)…なるほど。PBSを見れば「これからどうなるか」が時系列でわかっていたはずだ。「2時間もICが止まっているのは危ないんじゃないか」とわかる。…つまり、PBSは「進行予定表」みたいなもので、それぞれの炉についていろいろな条件のもとで、スケジュール表を見せてくれるわけですね。
(永嶋)…JNES(原子力安全基盤機構)は、そのPBSの計算をして、原子力安全・保安院に持っていった。…しかし、保安院はそのデータの意味がわからず、無視した(そのデータは避難に生かされなかった)。→ 全部東電の情報に頼ることにした。←→ だが実は、一番最初の政府発表での炉心溶融のデータは、PBSのデータ(3月11日の夜の時点)…あれはPBSで演算している。
(質問)…なぜわかるんですか?
(永嶋)…それしか方法がないから。PBS以外に短時間で計算を出せるものがない。→ 東電がメルトダウンを発表したのは5月半ば頃だったが、あれほど遅れたのは、東電が自ら計算したので(膨大なデータが必要で)時間がかかったから。→ そのくらい時間を食うので、だからPBSはそういうことを事前にやってある。…一番重要なことだが、2000年ぐらいの時点で、松野さんや私たちNUPECの職員は、そういうシミュレーションをしょっちゅうやっていた。→ だから松野さんや私なら、「こういうときに、どういう操作をしたらよいか」というのが(全国の54機の原子炉に関して)すぐにわかる。→ だから、事故調査委員会報告を読むと、何がおかしいかすぐわかる。これは嘘をついているな、これは隠してるなって。
(質問)…だから松野さんも永嶋さんも、話が自信に満ちているのですね。
(永嶋)…そういう緊急事態になったときに、本来は我々が国をちゃんとサポートして、それをちゃんとやらなきゃいけない。それがJNESの役目なんです。訓練をやってなかったら、できない。1,2時間の間に結果を出していかないと、うまい操作ができない。
(質問)…どこで何が起きても、「ああ、あれならやったことがある」でなきゃダメってことですね。
(永嶋)…まあ、54機すべてやるってのは大変だから、あとは類型化する。代表するとなると20機以下ぐらい。→ 例えば福島第一発電所だったら、2,3,4号機は全く同じです。1号機は出力が小さい。違ったものだけについて全部やった。(詳細はP274~276)



○シビア・アクシデントの訓練は歓迎されなかった


(永嶋)…ああいう外郭団体(NUPEC)では、上のほうは通産省のポスト。中間的なのは電力会社で、実働として働くのはメーカー出身者(※日本の社会組織の力関係・権力構造がわかる?)。…松野さんのポジション(室長)は、普通4年という任期があるが、4年より早く帰らされた。これもプレッシャーなんですよ。→ 出身の四国電力に戻ったら、主要ポストじゃなかった。…そのときにやってた仕事が、電力会社にとってあまり好ましくない仕事だったから。
(質問)…それは「シビア・アクシデントが起きる想定をしているのはけしからん」ということですか?
(永嶋)…電力会社としては「そういう事故は起こらない」と言う。←→「そういうこと(シビア・アクシデントのシミュレーション)をやっている」と公開したら、「そういうことが起こると考えている、ということになる」と言うんです。→ そうすると「今まで電力会社が言ってたことはおかしいじゃないか」と住民は思う。それを恐れたんですよ。(※これも「安全神話」が捏造される要因の一つか…)
(質問)…それは完全に逆立ちした論理ですね。…「火事があったら困るから避難路は決めておきましょう」とか「どれぐらいで燃え落ちるかシミュレーションしておきましょう」とか、そういう備えなのに、「火事になるとは何事か」と怒る…ということですから。
(永嶋)…そこが原子力特有の物の考え方で、特にマスコミがかなり騒ぎ立て、変なふうに歪曲したんです。→ それで住民が心配しないよう、電力会社とか国が情報を出さなくなった。
〔※う~ん、この問題の難しさは、原子力の過酷事故と火事とは、単純な類比はできない…ということなのではないか。→ いったん起きてしまったら、火事とは例えようもない、甚大な事故の規模と被害の大きさ…。また、放射能被害という、目に見えない・長期にわたる・まだ様々な未解明の部分・要素が多く残る、原子力災害…。→ しかし、もめることを恐れて〝隠蔽〟に走る、というのは最低・最悪の対応ではないのか…〕
(質問)…マスコミの歪曲とは、例えば何でしょう?
(永嶋)…反対派は、「チェルノブイリみたいな事故が起こるから、日本の原発はやめろ」と言ってるわけです。→「レベル7の事故が起きうると予測していた」とマスコミが書いたら、住民の反対運動も強まっちゃう。←→ そういうのを恐れるがゆえに、そういう情報は出さない。それが、東電や国の上層部の考え方。→ 事故があっても、最大限10キロまで。…防災訓練の10キロというのは、3キロまで避難して、あとの10キロまでは屋内退避。…要するに家に居ればいい、となっていた。→ それなら簡単な話で、その程度で収まると。それでやっていた。←→ ところが、我々がシミュレーションやってみたら、うまく行かない場合は10キロを超えることがある。100キロ超えることもある。そういうのが出ちゃうんです。
(質問)…先ほど言っていたシミュレーションですね。
(永嶋)…復旧させるのが難しかったら、という仮定です。→ 津波とかを考えれば、もう電源が復旧しないのは分かり切ったことです。(※こうした理性的な「事故対策」のシミュレーションや議論が封じらる、日本的体質の〝後進性〟…)



○「俺の顔をつぶす気か」と怒った元・原子力委員長


(質問)…では政府や東電は「電源喪失はものすごい想定外の大事件」と大騒ぎしているが、実はとっくの昔に「当たり前のこと」として予想していた、ということですね?
(永嶋)…安全設計の考え方として「設計基準のシナリオ」と「設計基準を超えるシナリオ」があります。…設計基準というのは「電源喪失しても30分以内で回復する」とか、そういう話。→ それは「設計基準」としてなら、よい。工学的に考えると、作るときに設計基準内に収めるのは当たり前です。→ しかし「防災」は設計基準よりもっと大きい、厳しいシナリオも考えなくてはいけない。「電源が永久に途絶える」ってことも考える。
(質問)…住宅やビルでいえば「建築基準」と「防火基準」は違う、という話ですね。松野さんも同じことを言ってました。
(永嶋)…(設計基準で)20mの防波堤を作ったとしても、それを超えることを必ず考えなければいけない。それが「防災で想定する津波」です。…設計基準内ですべて安全が確保できるのか。安全性に問題はないのか。→ そうではないということで、設計基準を超えるようなシナリオを考えた。これが防災の発想です。
〔※この考え方は、『人が死なない防災』集英社新書(帯文:釜石の小中学生…生存率99.8%)の片田敏孝先生の避難の三原則その1…「想定にとらわれるな」という教えに通じる…。→「震災レポート②」参照……ちなみに、その2「最善を尽くせ」、その3「率先避難者たれ」〕
(質問)…避難が100キロを超えるようなシミュレーションをしていたら、10キロという設定をした学者の先生に怒られたと松野さんから聞きました。「おれの顔をつぶすのか」と。
(永嶋)…近藤駿介っていう原子力委員会の委員長(当時)です。…その評価委員会に、我々がやっていた緊急対策のPBSのシミュレーションを提出したら、「こんなことを世の中に出したら怒られる」と言い出した。→ それで、(100キロ避難のシナリオというのは)考えないことになってしまった。2002年前後の話…。
(質問)…それが「私の顔をつぶす気か」とつぶされるのは、それはもう、サイエンスの議論じゃないですね。
(永嶋)…原子力安全委員会に防災部会があるが、その部会長も怒った。「原子力安全委員会の顔をつぶす気か」って。その防災部会の中に近藤駿介も入っていた。→ だから原子力安全委員会は避難範囲を10キロで収めることにした。

・これも重要な証言である。…福島第一原発事故では、30-50キロにも汚染や被曝が及んだ。→ そうした「10キロを超えるシナリオ」をつぶしたのは、電力会社ではなく、政府委員会の学者たちだったというのだ。そして、その根拠も科学的な議論ではなく「メンツがつぶれる」という感情的な理由だった。(※う~ん、これも情けない〝日本的な光景〟か…)

(質問)…つまり、何かサイエンスに基づいて10キロという線引きが決められてるわけではないのですね。
(永嶋)…(10キロ以内というのは)技術的にはできないことはないんです。…フランスでは過酷事故が起こったときに、それを抑えるのは非常に難しいということで、フィルター付き格納容器ベントシステムを設置した。→ それで放射能の出る量を1/100以下にした。そうなれば、30キロ避難の事故でも(放射能が減るので)2-3キロで済んじゃう(10キロ以内の避難に縮小できる)。…フランスはそういう設計の元で、フィルターベントシステムを付けた(原子炉の中が高温高圧になったら、破裂防止でガス抜きをする。その際、外に放射性物質が出ないようにフィルターでろ過する仕組み)。
(質問)…その場合、メルトダウンは避けられないのか?
(永嶋)…格納容器が破裂したらどうしようもなくなる。しかし、格納容器が守られても、燃料棒がメルトダウンするシナリオは無視できない。→ 逆に言うと、メルトダウンしても、格納容器は壊れない程度に水を入れて冷やすことは、簡単にできる。
(質問)…container(封じ込め容器)という元の意味どおり、格納容器で封じ込めてしまう。
(永嶋)…炉心が溶融して原子炉圧力容器も壊れたときの条件までは考えてある。→ その上で、外側の格納容器が壊れるまではいかないように、圧力を逃がす(ベント)。
(質問)…「格納容器が破裂しないように、ベントでガスを抜く。そのガスに(フィルターで)危険がないようにすれば問題ない」という発想ですね。
(永嶋)…フランスはその方式を採用している。←→ アメリカはフィルターを付けていない。「運転操作で抑え込む方式」にした。→ その操作は、日本よりもっといろんな事態を考えて、運転操作のマニュアルを作って訓練している。…で、日本はアメリカのやり方を取った。←→ ところが、やる範囲を限定してしか訓練しなかった。…ex. アメリカでは炉心が溶融したとき、運転をどうするかっていう訓練までやっている。←→ 日本はそこまでやらずに、まあ楽な、あまり厳しくならない段階の訓練で終わらせている。
(質問)…なるほど、わかってきました。日本が一番危ない。運転技術訓練は高度じゃない。しかしフィルター付きベントもない。
(永嶋)…日本は、アメリカの「運転操作で抑え込む方式」をただそのまま真似て(※また真似か…)、フィルター付きベント装置は付けなかった。操作も簡単にしてしまった。…もう一つ大事な点は、そういう事故が起こることが、アメリカではまずない。…理由は地震、津波がないから。確かに、地震、津波を除くときわめて起こる確率が少ない。
(質問)…アメリカが想定しているのは、原発へのテロ攻撃とか飛行機の墜落、竜巻とか…。
(永嶋)…テロの訓練はアメリカではすごいですからね。守衛はすごい武器を持っているんです。
(※う~ん、どこが「日本の原発の安全基準は世界最高水準」なのか…?)



○情報を見極める力がなかった保安院


(質問)…PBSのデータを保安院が持っていた、首相官邸まで届けたのに無視された、という事実はどう考えればいいのか。
(永嶋)…それをどういう時に使うか、保安院が理解してなかったんじゃないか。またJNESは「こういうことができますよ」と保安院に理解させていなかったんじゃないか。…それと、JNESもあんまり難しいことは考えなくなった。全体として、30キロ避難になるような事故とか、そんな難しいことは考えない。→ だからJNESも保安院に対して、ちゃんとデータの意味を理解できるようにして出さなかったんじゃないか。→ それで、保安院はそのデータの意味が分からず、東電の情報にだけ頼ったんじゃないか。→ 東電はそういう道具(PBSデータ)を持っていないから、何もできなくて総理に説明できなかった。だから空転した。……松野さんや私がいれば、保安院を充分説得できた。保安院も多分(PBSを)採用したと思う。
〔※う~ん、〝安全神話〟の下で、各組織が劣化して、その職責を果たさず、大事故を起こした、ということか…。→ 戦後70余年を経て、日本の様々な場所で、同様の劣化が進んでいる…?〕
(質問)…保安院はジャッジする能力すらないのですね。
(永嶋)…7年前に現役を辞めたとき、私は「PBSを電力会社に持たせろ」と提案しました。…東電は現場の情報を持っている。だから「事故の場合は同時に2ヵ所で計算して、その結果を突き合わせて判断する方式にしろ」と提案した。…これはフランスが採用している方式(国営電力会社と国が持っているシステムが同じで、お互いに計算して、次の判断を下す)。
(質問)…(PBSは)なぜ事故本番で生かされなかったのか。
(永嶋)…まず、保安院はPBSの意味や重要性をあまり理解していなかった。そして、東電は数年前から「100キロ避難の事故」とか厳しいことを言う人を排除していった。(詳細はP284~285。…※ このような〝モノ言う人の排除〟は、経産省の中でもあったらしい…)
(質問)…事故調査委員会は、なぜPBSに言及しないのでしょう。
(永嶋)…事故調査委員会の報告には、私のように緊急時対策を20年もやってた人がデータや評価を検証してる部分が一切ない。大きな欠陥です。…調査委員は、要するに専門外の人だから、わからない。→ だから、東電や保安院の人の言い分を聞いて、「いや、PBSがあるはずでしょう」とは言えない。…だから、今までのすべての事故調が不十分です。
(質問)…国会や政府事故調が最終報告書を出して、事故の検証は終わりみたいな雰囲気に世論はなっているが、お話しを聞くと、真相に全然到達してない。相手のウソや隠していることを見破れない。…松野さんも「事故調査委員会はどこも深掘りができない」と言われました。
(永嶋)…私も、事故調の報告書を見て「おかしい」といろいろ腹が立ってくる。



○汚染の問題は何十年も続く


(質問)…大飯原発の再稼働の後、福井県の現地に取材に行ったら、オフサイトセンターが原発から4-5キロのところにあった(4章参照)。→ もしフクシマと同規模の事故が起きたら、やはりこのオフサイトセンターは機能しない。…なぜそれで再稼働できるのか、非常に不安を感じます。
(永嶋)…オフサイトセンターを移設するには、多分最短でも1年半かかる。→ そんなもん待ってたら、まったく運転できないでしょう?(笑) …国は避難範囲を30キロに拡大する政策変更をやっているが、本当はもっと大事なのは、放射能汚染。→ 30キロ避難規模の事故なら、その5倍の距離(150キロの範囲)が汚染します。それほど大きく汚染する。…その範囲内で、農産物の出荷が制限されるでしょう。→ 150キロ内汚染というフクシマと同じ規模の汚染が、もし大飯原発で起きるとしたら、誰も再稼働には賛成しない。地元県でさえ反対するでしょう。何が事故のとき大事かが、原子力安全委員会(現在は原子力規制委員会)がわかっていない。…福島県の人たちが避難する間に浴びた量が、最大で30ミリシーベルトという推定が計算で出ています。…これは短時間だから許される。→ しかし、汚染問題は永久に続きます。だから年間1ミリシーベルトを基準にするのです。そうでないと(長期間の延被曝量が)大変なことになる。←→ だが、そうした汚染の問題について、住民に説明したり確認を取る話をしていない。→ 改善するのであれば、汚染の対策をまず取って、避難30キロをその後考えるべきでしょう。…汚染の問題は何十年も続くのです。
(質問)…半減期を過ぎると汚染が低減すると勘違いしている人が多いが…。
(永嶋)…セシウムの半減期は30年、だから少なくとも30年の間では半分にしかならない。…今福島でやっている除染にしろ農産物の被害にしろ、あれだけの大きな経済的被害を突きつけられている。→ こうした汚染を、大飯原発付近の京都府や滋賀県の人に「ああいうのを覚悟しますか」って言えるでしょうか。
(質問)…福井県の原発から30キロでラインを引くと琵琶湖が入る。琵琶湖は関西の人間にとっては上水道源なので、飲み水が汚染される危険がある。
(永嶋)…30キロは避難の範囲で、汚染の範囲は150キロになる。だから絶対に、汚染の拡散を大丈夫な範囲に抑えていかなければならない。…原子力防災の目的は住民の生命と財産を守ることです。→ 現在の状況では、放射線被曝で生命を失う人は出なかったけれど、財産の損害は範囲も金額も大きい。…かつてPBSに「EGS」(避難ガイドシステム)を連動させて、いろいろなシナリオについてシミュレーションした結果、福島原発事故前の「EPZ(避難範囲)=10キロ」を前提にすると、重度汚染範囲は50キロ(避難範囲の5倍)になる。→ 重度汚染範囲で考えられる被害は、実害で1200億円、さらに風評被害はその何倍かになる、ということがわかっていた。
〔※う~ん、こんなことまでシミュレーションしていた、ということか。→ つまり、原子力災害の場合は、〝風評被害〟も避けられないものとして、織り込んでおかなくてはならない。それが原子力災害の怖さだ、ということか…〕
…アメリカでは、10マイル(16キロ)の避難訓練に加えて50マイル(80キロ)の範囲の「放射能汚染対応訓練」をしていた。←→ なのに、日本では「EPZ(避難範囲)=10キロ」を大きく超えて賠償額が巨大になると、賠償ができなくて事業者が破産して責任が取れなくなる。→ だから、事故前の原災法ではEPZ=10キロになっていた(※う~ん、日本では、住民の生命・財産あるいは科学的な根拠ではなく、〝事業者の賠償額〟の都合で、「避難範囲」が想定されていた…!)。
…原子力災害の実態は、福島原発事故で実証された。→ ヨウ素、セシウム等の固体放射能が重要です。…今の段階では被曝による健康被害は発生していません。放射能汚染による居住制限や除染等のほうが、現在は深刻です。が、将来障害が出る可能性の懸念はあります。



○事故は起こらない、放射能は拡散しないという前提


・松野さんと永嶋さんの証言をここまで読めば、不思議に思えるに違いない。…二人は政府の原発の安全対策を担う機関(NUPEC・JNES)で、事故対策を研究し、膨大なノウハウを政府内に蓄積した。また巨額の税金を使ってERSS・SPEEDIとPBSという「装備」「設備」を作った。→ それが死蔵されてしまったのはなぜだろう。…もう一度、松野さんに意見を聞いた。

(松野)…永嶋さんと二人で、様々なシミュレーションを試していくと、避難範囲が10キロを超える状況がまざまざと見えたのです。…私は四国電力では(原発の)安全審査を受ける側にいたが、その経験から見ると、安全審査は「原発事故が起きても、放射性物質の拡散は敷地外には出ない(原子炉から1キロを超えない)」ことになっていた。つまり、それは格納容器は壊れないことが前提になっていた。←→ しかし現実にはそれが起きうることをシミュレーションが示していた。→ 私は、この結果を出したERSSをどう活用していこうか、と考えたが、その活用法が確立しないうちに、(慣例では出向は4年なのに3年で)私のJNESへの出向は解除になった。あと1年あれば避難計画に織り込めたかもしれません。→(四国電力に戻ったら)部下のいない形だけの管理職でした(笑)。
(質問)…『原子力防災』を出版されたのが2007年ですが、在職中に論文や原発事故対策マニュアルなどの文書の形では残さなかったのか。
(松野)…福島原発事故が起きた後の今だからこそ、その質問が出るのだと思う。←→ あの頃は、日本中の関係者が「日本では原子力発電所で重大事故は起きないことにする」という前提で動いていたのです。



○原子力防災専門官の役割とは


(質問)…(現役のとき松野さんが指導したという)経産省原子力防災専門官の役割はこの通りでよいか。(P292に原子力災害対策特別措置法の引用あり)
(松野)…そうです。その原災法の定めに従って、SPEEDIの予測が出てきたら、それに従って避難を指示せよ…それが役人の仕事です。→ ところが、私が研修した職員は中堅になっているはずだが、不思議なことに、福島原発事故ではそうした人たちが出てきていない。…原子力安全・保安院の寺坂院長、平岡次長、原子力安全委員会の班目委員長は、ERSS研修を受けていない人たちなのです。
(質問)…なぜ松野さんや永嶋さんの知見が死蔵されたとお考えですか。
(松野)…当時はプルサーマル(プルトニウムを混合したMOX燃料で既成の原発を動かす)の推進時代だった。…プルサーマル推進の論理は「事故を起こさなければウラン燃料とプルトニウム燃料のリスクは変わらない」だった。→ 逆にいうと、プルサーマルを推進するためには、事故は起きてはならなかったのです(※だから、事故は起きないことにする)。…私のように、原発事故の進展に合わせて避難計画を作ろうとまで言う者は、邪魔だったのかもしれません。
(質問)…腹立たしい話です。
(松野)…私の悔しさや腹立ちも、とても語り尽くせません。
(※確か元経産官僚の古賀茂明氏も、そのころ経産省内部で、原発推進に批判的な者たちが排除されていった、という意味のことを、どこかで語っていたように記憶するが…)



○消防の立場から考える原発事故と防災


・一方、私が福島原発事故の現場取材からずっと気になっていたのは、警察・消防や自衛隊といったふだん災害現場で活動する機関の人たちが、原発災害に対してどういった備えをしていたのか、という問題。→ 取材を続ける中、原発事故と住民避難の危険を警告していた神戸市の元消防署長・森本宏さん(84)を見つけ出した。

・森本さんは、2007年に『チェルノブイリ原発事故20年、日本の消防は何を学んだか』(近代消防社)を出版したが、福島原発事故以前に書かれたとは思えないほど、原発事故の現実と住民避難の問題点を的確に予言している。…チェルノブイリ、スリーマイル島の原発事故や「もんじゅ」ナトリウム冷却材漏れ事故、東海村臨界事故などの事例を分析して、日本の原発防災体制、特に住民避難体制が甘すぎることを警告している。…以下はその一例。
*日本政府は「(原発事故の)防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲」(EPZ=Emergency Planning Zone)の目安として、半径8-10キロを設定している。人体や環境に重大な影響の及ぶ可能性のある範囲は8-10キロ以遠には及ばないという想定だが、これは余りに楽観的な想定である。
*チェルノブイリ原発事故のような炉心溶融などによる爆発事故は、日本の原子炉にはあり得ないという前提に立っている。
*EPZ 8-10キロは、アメリカの避難区域10マイル(16キロ)の模倣である。
*もともとアメリカの半径10マイルは厳密に計算されてできたものではなく、スリーマイル島原発事故の5マイル刻みの避難指示が、そのまま残っただけ。数字そのものにたいした意味はない。
*これが日本に入ると、これ以外には原発被害は広がらないかのような話になった。
*米国と同じ軽水炉を使う日本でも、スリーマイル島原発事故と同じ炉心溶融事故が起きない保障はまったくない。
・森本さんの指摘は、福島第一原発事故で起きた現実と矛盾なく合致した。→ 2014年9月17日、神戸市内の森本さんの自宅を訪ねた。(※消防関係にこんな人もいたのか…)



○人間は驚天動地の事態に必ずパニックを起こす


(質問)…ご本の中で「避難8-10キロ圏は余りにも楽観的な想定」とはっきり書かれていたので驚きました。福島第一原発事故では30-50キロ以遠にある飯舘村が全村民避難を強いられるほどの汚染に見舞われ、放射能雲(プルーム)はさらに遠くまで飛んだ。…つまり森本さんが指摘された避難態勢の不備が、そのまま現実になってしまった。
(森本)…だいたい、チェルノブイリ原発事故でそれははっきりしていたのではないか。
(質問)…どんなきっかけでこの本を書かれたのか。…消防に勤めていた頃から、原子力防災が専門だったのですか。
(森本)…いえ、まったく違います。消防での専門は「防火管理」だった。…この本は退職(1990年)してから独学で研究を始めたんです。→(原発事故が起きたら)実際問題として、消防は一番先に出動せんといかんだろう。そのときにどう動くのか、消防は考えとるのか…それがこの本の出発点だった。→ それで「もんじゅ」(ナトリウム冷却材漏れ事故)や「東海村」(臨界事故)の例を出して「何をしていたのか」を検証してみた。→ 実にスカタン(失敗)ばかりしていた(笑)。
そもそも原発に興味を持つきっかけになったのは、柳田邦男さんの『恐怖の2時間18分』(米国スリーマイル島原発事故の分析)です。あれは人間のパニックについての本だと思う。…人間がパニックに陥ったとき、どんな動きをするのか。火災のときの人間の心理とまったく似ているのです。火災では人間はパニックに陥りがちです。→ 防火管理の仕事は、人間のパニックをどう抑えるかを教えるのが要諦なのです。…柳田さんの本を読むと、あのときスリーマイル島の運転員の動きは、パニックの連続で最後まで行ってしまって、事故の真相がつかめなかった。そんなことが底にあると思う。…この原子力事故と防火管理は似たところがあるなと思い、非常に強い興味を持ったのです。→ 吉田調書がいろいろ問題になっているが、あれもパニックの面から解析しないといけない。…本当は全員がパニック状態でものを言うておったから、それぞれなかなか正解は出てこなかったのではないか。…そういう面から見るのも事故調査委員会の見方だと思うが、そういうのはなかったんじゃないか?
(質問)…なるほど、パニックの心理という側面から検証した事故調査委員会報告は見たことがありません。
(森本)…広島市の地すべり災害でもそうだが、災害のときの人間の究極の心理で人間がどう動くのかを見ておかないといけない。…官邸や東電がどう動いたという話は具象面です。→ その根底にある人間の深層心理を理解しないとだめだと思う。←→ なのに事故調に、災害時の人間心理の専門家が入っていないじゃないですか。
(質問)…具体的に原発事故のどういった面が火災のときのパニックに似ていると思ったか。
(森本)…極端な災害にあったときに人間がまずどう動くか、というと「フリーズ」(固まったまま動かなくなる)してしまう。→ スリーマイル島原発の運転員も、フリーズしてしまって、弁の状態がわからなくなったり、(事実と逆に)思い込んだり、信じ込んでしまう。…つまり思考が固まってしまう、フリーズする。→ 思考が固まると、落ち着いていたら気づくことにも、気づかなくなる。…そういう人間心理の根底からやっていかないと、避難とか災害対策はあり得ないと思う。
(質問)…森本さん自身の消防の経験でもそういうことがあったのか。
(森本)…人間はそういう驚天動地の状況に遭うと、みんな同じです。(詳細はP299)
(質問)…福島原発事故が進行していたころ、首相官邸で寺坂保安院院長や班目委員長、武黒東電フェローが「地蔵のように固まったまま黙りこくっていた」という証言が複数ある。また、班目委員長は「思考が一つのパターンにはまって抜け出せなくなった」と私のインタビューに語っています。それもフリーズなのですね。
(森本)…まさにそれがフリーズです。何時間かはパニックが続いたんじゃないか。→ もうちょっと心理面から突っ込んだ分析がほしい。それを何とか除去しない限りはアカンのじゃないですか。
(質問)…原発がメルトダウンしかない、という場面でパニックを防ぐのは難しいのではないか。どうすればいいのでしょう。
(森本)…それを克服するには知識と経験じゃないですか。今回そういう備えがなかったからこそ、そういう状況になったんじゃないですか。
(質問)…どんな知識ですか。
(森本)…原発なら原発の、徹底した現場知識です。今回それがあったのは、吉田所長でしょう。それがあったから、パニックにならずに落ち着いていたんだと思う。…私は原発は素人ですが、今の原発災害対策を横で見ていると、その備えがないと、(原発だけじゃなく)何回同じことが起きても結果は同じなんじゃないかと思います。
〔※う~ん、〝安全神話〟を前提にしてしまったために、(心理面も含めた)過酷事故への備えがなく、フリーズしてしまった…。→ そして今のままでは、何回でも結果は同じになる…〕



○なぜチェルノブイリに学ばないのか


(質問)…福島原発事故前に「8-10キロの避難区域の設定はあまりに楽観的」と的確に予言をされたのは、スリーマイル島やチェルノブイリの原発事故の研究をしてそう考えたのか。
(森本)…チェルノブイリ事故ですね。ウクライナの隣のベラルーシにまで放射能雲(プルーム)が飛んでいる。今でもベラルーシの汚染はひどい。→ 福島でも北西に放射能が飛んでいますね。チェルノブイリとまったく同じではありませんか。←→ 5キロとか10キロとかの避難範囲は、スリーマイル島原発事故のときの避難範囲を形だけなぞっただけにすぎない。…そのスリーマイル島原発事故だって、何か確信があってその範囲を決めたのではなく「とりあえずそうしておこう」という程度でしかなかった。あるいは「これ以上の避難は手に負えない」とかそんな論理で決まっていった。…文献で読んだ限りだが、スリーマイル島原発事故の避難責任者は、5マイル、10マイルと切りのいい数字で決めていったにすぎないのです。
(質問)…政府内部にいた政治家に聞くと、当時は放射能がどんな動き方をするのかもわからなかったようです。…煙のように動くのではなく、光線のように点線源だと思った人もいます。
(森本)…なぜチェルノブイリをもっと勉強しないのでしょうか。
(質問)…SPEEDI/ERSSにせよPBSにせよ、原発事故避難に備えたシステムがあるのに、官僚が使い方がわからない、データの意味がわからない、という事態が起きました。
(森本)…行政の中にどこか欠陥があるのでしょう。→ 気象情報は気象庁が担当と決まっているように、誰の責任かはっきり決めておけばよいのです。
(質問)…円形で区切って避難するのがそもそもおかしいように思えます。
(森本)…意味のない避難をしても仕方がない。例えば、原発から風下に逃げても意味がない。放射能雲が来ない方向へ逃げるしかありません。
(質問)…国は原子力防災訓練を3・11の半年前にやっています。菅直人総理も参加していた。が、本番にはあまり役に立った様子がない。なぜなのでしょう。
(森本)…訓練には緊迫感がないから、パニックという心理は経験できない。→ 災害の本番に近い模擬訓練を繰り返しやるしかないのです。(※フランスでは、事前にシナリオを教えない「緊迫感のある訓練」を日常的に実施しているらしい…)
(質問)…火事の現場ではパニックが起きるとどんな事があるのですか。
(森本)…逆の方向に逃げるとか、煙の方向に逃げるとか、あるいは止まってしまって何もしない(※フリーズ)。正常な思考が働かないのです。→ それを排除するには場慣れするしかないのです。数多くの訓練を経験しないといけない。…天幕を張って煙を流すとか、消防では本番に近い緊迫感を経験させています。そういうテクニックが必要です。
(質問)…(原発地元の双葉町での訓練では)原発から3キロの範囲の住民が、やはり3キロ内にある公民館などの施設に避難する。→ そこで待っていると「非常用電源が作動して事なきを得ました」と連絡が入って終わる。だいたい半日で終わる。…それが毎回続いて、住民はすっかり慣れてしまった。
(森本)…それは「形式化」ですね。形式的にやっているだけ。…だいたい原発事故の避難のあり方はおかしい。→ とりあえず屋内退避せよ、と大真面目に言う。しかしあんなことあり得るわけがない。屋内にいるうちに放射能雲が来たら被曝してしまう。…本当に避難を真剣に考えているのか。←→ そもそも、事故は起きない、起きても小規模だ、という前提があるのでしょう。→(屋内退避では)一般の住宅は気密ではないから、放射能雲が来たら、ただちに被曝する。通り過ぎたら、周囲はみんな汚染されている。…放射能雲は一過性ではない。台風とは違うのです。←→ それなのに、屋内退避とは、実に妙な話です。
(例えば豪雨のときに)「全市X万人に避難を勧告した」とかニュースで言っていたが、そんな数万人の人間が避難してどこに行くのか? どこが受け入れるのか? 学校だけでそんな
大人数を収容できるのか?
(質問)…それは福島原発事故で現実になったことです。→ 避難場所の指定もないまま、大量の人たちが一斉に避難したので、学校や公民館などが次々に満員になって、後から到着した避難者が入れなくなった。あちこちさまよった。
(森本)…「災害国ニッポン」と口では言うのに、何か根底が抜けているような気がします。
(質問)…消防署に放射性物質のモニタリングネットワークを構築すべしと提言されています。
(森本)…夢物語かもしれませんが、これができたら、日本全国どこであっても、異常があればただちに分かる。→ 原発事故が起きたとき、線量について嘘をついたり事故を隠したりはできない。現場の数値がただちに分かるから、避難の方針もすぐ分かる。
(質問)…警察より消防の方が適任ですか?
(森本)…出先機関の数によると思う。機動力もある。→(事故時だけでなく)平素の値を測定していれば、異常があれば数値がぐんと上がってすぐに分かる。異常事態を検出しやすいと思う。…消防は、異常が起きたときに発見して誘導するのはシステムとして慣れている。戦力はあるし、火事がなければ余力がある。(※確かに…)
(質問)…消防が線量のモニタリングネットワークを担当すべしと現役時代には提言したのか。
(森本)…いや、消防は体育会系というか、そういうことを声に出す、聞く耳を持つ文化じゃないんです。「現場救助に力を注ぐ」というと、ロープで上がったり下がったり、ヘリで釣ったり降ろしたり、見てくれのいいことになる(笑)。線量計を消防署に配備しよう、とか地味でしょう。→ 見栄えのしない訓練はやろうとしません。このままじゃ芝居と同じやぞ、とよく言ったのですが。
(質問)…国や県・市町村の原発災害訓練も形式化している、という話だったが、消防もそうなのですね。
(森本)…今でもホースから水を出して火を消すのが消防の訓練だという固定観念がある。もちろんそれも大事だが、いつまでもそれでいい時代ではないと思う。
(質問)…消防の側にも原発災害を引き受けようという発想はないのですか。
(森本)…全然ないです。不思議な話です。

【あとがき】

・どうしてこんな重大な内容を政府や電力会社は公表せず、隠蔽したのか。なぜこんな重大な事案の意味を、専門家や報道記者は社会に警告しなかったのか。なぜ事故調査委員会は気づかないのか。なぜ裁判所は論争や判断から逃げたのか。…そうやって「福島第一原発事故につながる当事者の系譜」を洗い出してみると、政府(主に政治家職と官僚)と電力会社・原発メーカーといった産業界だけではなく、原子力を専門とする学者や新聞テレビといったマスコミ、裁判所といった、この国の「統治機構」すべてに劣化と機能不全が広がっていることがわかる。
〔※最近の新聞記事に…使命感を持って航空自衛隊に入ったが、実に幼稚な世界で、国防意識が低く → 幻滅して転職した静岡県警は、上司のパワハラや裏金づくりなど警察の体質と闇に怒り、退職。→ その後、ネットで警察の体質を告発し、執筆活動もしている「元公安刑事・幹部自衛官の作家(真田左近)が紹介されていた。…これも劣化と機能不全の事例か……東京新聞2017.4.22〕

・もし民主主義が欧米なみに機能していたなら「どうしてもセキュリティ上秘密にしなければならない例外を除いて、情報は原則公開」「官僚や政治家、学者以外の国民でも政策立案に参加できる」という「オープン型」の原発政策が行われていたはずだ。

・アメリカ全土の核施設を取材して回ったとき、事前に申請すれば、軍事施設・政府研究施設・発電施設問わず、ほぼ希望どおり自由に取材できた。…核施設専属のヒストリアンが取材に1日同行して、丁寧に解説してくれた。…私のような外国人記者でも、連邦・州政府の文書にネットや図書館からアクセスできた。…市民や原子力エンジニアが無数の環境・原子力NPOを組織していて、議会公聴会で証言したり、レポートやニュースレターを官庁や議員に届けていた。その中には「国策」に真っ向から対立する内容も多々含まれる。→ 結果はともあれ、少なくともそうした異論や対論を取り込む「参加型」の政策プロセスが保証されていた。(※う~ん、こういういいところはアメリカから学ばない…)

・日本は正反対である。→ できるだけ情報は公開しない。「パニックになるから」「反対運動が強まるから」と、国民の判断力や思考力を信用しない。異論との対話を避ける。報道記者の取材を嫌がる(この本の取材でも、事故を直接知る官僚や政治家が何人か取材を拒否した)。反対者の意見を政策に反映するなど、とんでもない話だ。

・そうした閉鎖的で排他的な日本の「原子力ムラ」をうんざりするほど体験してきた私は、彼我の違いに愕然とせざるを得なかった。…悔しいが、少なくとも原子力政策に関しては、アメリカのほうがオープン型の民主主義プロセスが整っている。…もちろん、日本も原発導入初期、1950年代はそれを実践しようと理想を抱いていた。1955年にできた「原子力基本法」は「公開・民主・自主」という「原子力三原則」をうたった。←→ しかし、福島第一原発事故は、その後の60年でこの民主主義のプロセスが無残なまでに無力化されていたことを、天下に知らしめてしまった。

・こうして、福島第一原発事故は、深刻な疑念を国民の胸に残した。→ それは「この国の政府は民主主義と呼ぶに値しないのではないか」「この国の民主主義は機能していないのではないか」という、民主主義そのものへの疑念である。…無理もない。国民が「政府(官僚・学者など)に任せておけば大丈夫」(※「お任せ民主主義」)と60年間白紙委任してきた結果が福島第一原発事故なのである。→ 2011年3月11日以後、それまで60年間安泰だった「権威」に大きなヒビが入ったのだ。

・1986年のチェルノブイリ原発事故のあと、10年経たないうちに東欧が自由化して、ソ連そのものの崩壊へとつながったのは、ソ連という国家が統治の根拠にしてきた「権威」が崩壊したからである。…「権威を信じるかどうか」は人々の心の中にある判断である。→ 「お前の言うことなど、もう二度と信用しない」…心の中にあるものは、一夜にして変わってしまう。…(その程度は別にして)日本人の心の中にも、よく似た変化が起きている。なにしろ、民主主義の機能不全の最大の被害者は国民である。…23万人が被曝し、10万人が家や故郷を失った。除染費用・賠償金は10兆円を超えた(※2016年1月現在)。→「一体なぜ、ここまでひどい状態にまで堕落したのか」…心ある人なら問わずにはいられないだろう。

・福島第一原発事故後、それに並ぶ大きな社会的議論になったのは、2015年夏の「安保法案」である。…「軍事力」と「原子力」は国が発動しうる、もっとも大きな「力」である。→ いかに強大な力であっても、民主主義によるコントロールが完全なら、暴走を心配する必要はない。←→ しかし、その制御が機能不全に陥っている事実を、日本人は福島第一原発事故で目撃してしまった。→ 穏当に言えば、自分たちの民主主義のありように危機感を持った。もっと踏み込んで言えば、民主主義によるコントロールに自信を失ったのである。

・2011年3月11日、こうした「権威崩壊」と「民主主義への自信喪失」を基調低音とする新しい時代が幕を開けたのだ、と私は考えている。…それは「フクシマ後」としか呼びようのない、重くて暗い時代の始まりである。

・この国の民主主義は、いつ、どこで、何を間違えたのだろう。…この「重くて暗い時代」に、この本が役立つよう私が望むのは、この「負の歴史の記録」が多くの人々の目に触れること。より多くの集合知を呼ぶこと。未来への教訓となること。それに尽きる。

・5年という時間の経過は、被災者の上に日々重みを増してのしかかっている。…(だがその一方で)「気にしていたらきりがない」「線量計のスイッチを入れなくなった」という人もたくさんいる。→ 除染や自然減のおかげで、線量計を出して計測すれば、事故直後よりは確実に下がっている。→(事故前から比べればまだ高いのだが)人々は「下がってよかった」と胸をなでおろして安堵する。故郷に戻りたい気持ちからすれば、それは自然な感情だ。…しかし、ずっと経過を見ている私は心配で胸がざわつく。        (烏賀陽弘道)


【追記】

・大手マスメディアはフクシマの続報を報道しようとしません。旅費など経費も出しません。筆者のフクシマ取材は読者からの善意の「投げ銭」に支えられています。

*銀行口座:SMBC信託銀行 銀座支店 普通 5294975 ウガヤヒロミチ

*筆者のフクシマからの現地レポート「フクシマからの報告」は有料プラットフォーム「note.mu」で毎回一部300円で配信されています。
https://note.mu/ugaya
                               (4/26… 了)            


 〔次回以降の予定は…とりあえず、『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』矢部宏冶 集英社インターナショナル 2014.10.29 → 『自発的対米従属論』―知られざる「ワシントン拡声器」― 猿田佐世(角川新書)2017.3.10… この二冊をとおして、私たちが生まれ、その中で生き死にしてきた〝戦後日本の真実〟に迫ります。…(準備に少し時間がかかりそうですが)それではまた…。〕
                                   (2017.4.26)


【「震災レポート」(31)~(40) のラインナップ】

 →〔「震災レポート」1~20 のラインナップは(20)の巻末に、21~30は(30)の巻末にあります。〕

(「震災レポート・拡張編」)
(31) [脱成長論③]…『「定常経済」は可能だ!』ハーマン・デイリー(岩波ブックレット)2014.11.5
(32) [経済各論①]…『円高・デフレが日本を救う』小幡績(ディスカヴァー携書)2015.1.30―前編
(33) [経済各論②]…『円高・デフレが日本を救う』―後篇
(34) [政治状況論①]…『世界を戦争に導くグローバリズム』中野剛志(集英社新書)→(中断)

(「震災レポート・5年後編」)
(35) [世界状況論①]…『世界史の極意』佐藤優(NHK出版新書)2015.1.10―前編
(36) [世界状況論②]…『世界史の極意』―中編
(37) [世界状況論③]…『世界史の極意』―後篇
(38) [福島原発論①]…『福島第一原発 メルトダウンまでの50年』烏賀陽弘道 明石書店2016.3.11―前編
(39) [福島原発論②]…『福島第一原発 メルトダウンまでの50年』―中編
(40) [福島原発論③]…『福島第一原発 メルトダウンまでの50年』―後篇