2016年5月23日月曜日

(震災レポート36)

(震災レポート36)
 震災レポート・5年後編(2)―[世界状況論 ②]


・本章のテーマは、世界史上の民族問題とナショナリズムを考慮しながら、これからの国家のゆくえを展望すること。→ 民族問題に効率的にアプローチするためには、中東欧とロシア帝国に注目すること。なぜなら、民族という概念が根づいたのは、まずは中東欧だったから。そして、民族問題の複雑さを理解するにはロシア帝国を取り上げるのが適切と考えるから。…現代日本のナショナリズムを考えるためにも、世界史の教養は必須なのだ。(佐藤優)



『世界史の極意』
  佐藤優(NHK出版新書)
    2015.1.10(2015.2.25 5刷)
 ――[中編]



【2章】民族問題を読み解く極意
  ――「ナショナリズム」を歴史的にとらえる


(1)民族問題はいかにして生じたのか


○中世末期の西欧と中東欧の違い

・中世のヨーロッパでは、教会と社会が一体化していた。→ だから中世の人間には、近代人のような民族意識はない。…中世のヨーロッパ人にとっては、人間であることはキリスト教徒であることとイコールだった。(※う~ん、ヨーロッパの歴史におけるキリスト教の重たさ、というのは、ちょっと日本人には実感的に理解不能か…)
・西欧では、比較的早い段階で、国家というまとまりが成立していった。…英仏の場合、1339~1453年の百年戦争後に中央集権化が進んで、領土的なまとまりを形成していく(詳細はP95~96)。イベリア半島も、国のまとまりはけっこう早い。→ キリスト教徒がイスラムを追い出すレコンキスタ(国土回復運動)とともに、1143年にポルトガル王国ができ、1479年にはスペイン王国が成立する。
・つまり、イギリス、フランス、スペイン、ポルトガルといった西欧では、比較的早い段階で主権国家の条件が整備されていった。←→ それに比べて、中東欧を含む15世紀末の神聖ローマ帝国(ドイツ)は、混沌としている。…その範囲は、オランダ、ベルギー、フランス東部、スイス、オーストリア、チェコなどのかなりの地域まで含むが、実態は「名ばかり国家」だった。→ 皇帝はいても権力はなく、帝国の中に数百もの領邦が分立しているような状態。(※日本の戦国時代のようなイメージか…)


○16世紀に始まるハプスブルク帝国の興隆

・絶対主義の時代が始まる16世紀は、ハプスブルク家が世界史の中心を担う時代。…ハプスブルク家は、もともとはスイス北東部の弱小貴族だった。→ ところが1273年に、瓢箪から駒のような形で、ハプスブルク家の総領ルドルフが、神聖ローマ帝国の皇帝に選ばれる(ローマ教皇から冠を授与されて皇帝になる…詳細はP97~98)。…ハプスブルク家の得意技は、結婚政策(※政略結婚はどこも同じか…)。→ その全盛期は、(イギリスとフランスを除いた)西ヨーロッパの大半を手に入れるほどの隆盛を極めた。(詳細はP98~99)


○三十年戦争の二つの側面

・このハプスブルク家がヨーロッパの主導権を握っていた時代に起こったのが、ルターの宗教改革。…16世紀、当時のローマ・カトリック教会の教皇が贖宥状(罪の償いを軽減する証明書)を販売した(※地獄の沙汰も金次第!)のに対して、ドイツのマルティン・ルターは、贖宥状を買うだけで神の罰が解消されるはずがないと批判し、聖書を拠りどころにした信仰の重要性を説く。→ このルターに始まったカトリック教会への批判運動は、ヨーロッパ全体をカトリックとプロテスタントに塗り分け、内戦・戦争に発展していった。
・そのピークとなる戦争が、神聖ローマ帝国を舞台として1618年に始まった三十年戦争(詳細はP100)。…つまり三十年戦争は、カトリック対プロテスタントという宗教戦争と、ハプスブルク家対フランス・ブルボン家の対立という二つの側面を持った国際戦争として拡大していった。→ この三十年戦争の後、1648年に、終戦処理のための講和会議で締結された条約が、ウェストファリア条約。


○ウェストファリア条約の意義

・このウェストファリア条約によって、宗教戦争は終結し、神聖ローマ帝国内の各領邦国家も含めて、それぞれの国が内政権と外交権を有する主権国家として認められた。→ つまり、ウェストファリア条約こそが、「主権国家によって構成されるヨーロッパ」という世界秩序をつくりあげ、戦争をもたらしたカトリックとプロテスタントの長年にわたる対立に終止符を打ったことで、まさに中世と近代を画する結節点となった(ヨーロッパの主権国家体制の確立)。
・序章で、「戦争の時代」は今なお続いていると述べた。→(さらにマクロな視点に立つなら)私たちは今なお、ウェストファリア条約で形成された近代システム(主権国家体制による世界秩序)の延長を生きていると言えるのだ。
・(ウェストファリア条約~フランス革命の時代の、ヨーロッパの国際政治史)…激しい領土変更を伴う戦争が相次いだ。…ドイツは、(領邦国家の一つであった)プロイセンが力をつけ、領土を拡大。…オーストリア・ハプスブルク家は、ウィーンに迫るオスマントルコとの戦いに勝利し、1699年にハンガリーを奪う。…ポーランドは、18世紀後半に、隣接していたロシア、プロイセン、オーストリアの三国に分割されてしまった。→ 現在のウクライナ西部にあたるガリツィア地方は、オーストリア・ハプスブルク領となる(後述)。


○ナショナリズムを輸出したナポレオン戦争

・ここまで、中世末期から近代初期までのヨーロッパの国際情勢をたどってみたが、この時期には民族問題やナショナリズムは存在しない。君主のもとで中央集権化は進んでも、領域内の住民の国家に対する帰属意識は希薄だ。→ つまり、ウェストファリア条約によって主権国家システムは成立したが、いまだに「国民」や「民族」と訳される近代的なネイションは生まれていない。(※この段階では、「国家」という意識を持っているのは支配階級だけ…)
・近代的なネイションは、1789年のフランス革命によって誕生した。…男性普通選挙を含む憲法の制定、徴兵制の実施など、領域内の住民が国家の政治に参加する権利を持つと同時に、住民自らが兵士となって国家を守る。→ フランス革命では、国家の主権が(国王ではなく)国民にあるという原則が打ち立てられた。…このように、国民(nation)と国家(state)が一体となった国家を「国民国家」(nation state)という。
・フランスで生まれた国民国家や自由の理念は、ナポレオン戦争によって、ヨーロッパ中に輸出されていく。…ナポレオンのヨーロッパ遠征の破壊力のすさまじさ。→ ナポレオン全盛期には、(ロシアを除く)ヨーロッパ大陸のほとんどを支配下に置く。…西南ドイツ諸国も支配下に置いたことで、1806年に神聖ローマ帝国も完全に消滅した。
・(世界史の教科書)…「封建的圧政からの解放を掲げるナポレオンの征服によって、被征服地では改革が促されたが、他方で外国支配に反対して民族意識が成長した。→ まず、スペインで反乱が起こり、またプロイセンでは、シュタイン・ハルデンベルクらが農民解放などの改革をおこなった。」
・ヨーロッパ諸国は、フランス国民軍の強さを目の当たりにした。…ドイツはいまだ多数の領邦国家が分立している状態。→ その中で、哲学者のフィヒテは「ドイツ国民に告ぐ」という演説を行い、ドイツ民族の一体化を訴えている。…ドイツに顕著なように、ナポレオンによって征服された国々では、民族意識や国民意識の覚醒を訴えるナショナリズムが発揚していく。


○19世紀から始まる中東欧の民族問題

・(中東欧の状況)…ナポレオン失脚後のウィーン体制では、(ロシア皇帝がポーランド王を兼ねることになったため)ポーランドは実質的にロシアの支配下に置かれた。…ハプスブルク朝のオーストリア帝国は、(現在のハンガリーを含む)当時最大の多民族国家(ドイツ人、マジャール人、チェコ人、ポーランド人、ルーマニア人、スロヴァキア人、ウクライナ人、セルビア人、マケドニア人など)。→ これらの民族が、19世紀のナショナリズムの中で、自治・独立を求める動きを強めていった。
・1848年、フランスの二月革命の影響はウィーンにも及び、帝国内のスラブ人やマジャール人(ハンガリー人)、イタリア人の民族運動が高まる。→ スラブ人は独立を求めて、プラハでスラブ民族会議を開いた。…ハンガリーは、1867年に自治を認められ、オーストリア=ハンガリー二重帝国が成立。
・オスマントルコが支配していたバルカン半島でも、19世紀後半に大きな変化があり、「ヨーロッパの火薬庫」の様相を呈していく。…露土戦争(1877~78年)において、トルコは、南下政策をとるロシアに敗れ、ルーマニア、セルビア、モンテネグロがトルコから独立。→ この敗戦で、トルコはバルカン半島の領土の大部分を失う。(※う~ん、ロシアとトルコの戦争の歴史は古い…。P107に第一次世界大戦前のヨーロッパの地図)
・1908年には、トルコで起きた革命の混乱に乗じて、オーストリアがボスニア・ヘルツェゴビナを併合し、ブルガリアがトルコから独立。←→ しかし、ボスニア・ヘルツェゴビナにはスラブ民族であるセルビア人住民が多く、セルビアはこの併合に反発。(※う~ん、複雑…!)
・その後に起きるバルカン戦争が第一次世界大戦の火種となっていくが、その構図は、ロシアをリーダーとする汎スラブ主義と、ドイツ・オーストリアを中心とする汎ゲルマン主義との民族的な対立。―→ フランス革命以降に広がったナショナリズムが、中東欧において複雑な民族問題を構成し、第一次世界大戦の背景となっていった。…この流れを押さえておいてほしい。(※う~ん、この程度の世界史の流れを押さえておかないと、世界の中の日本の位置づけや、現代日本のナショナリズムについて、さらには今後の国家の行方を、展望することはできない、ということか…)



(2)ナショナリズム論の三銃士
  ――アンダーソン、ゲルナー、スミス


○三人の知的巨人

・中世末期から三十年戦争を経て第一次世界大戦にいたる流れから、現代を生きる私たちは何を汲み取るべきか。…そのための強力な武器が、ベネディクト・アンダーソン(代表作『想像の共同体』)、アーネスト・ゲルナー、アントニー・D・スミス、という三人のナショナリズム論。(詳細はP108~109)


○「想像の共同体」と道具主義

・ナショナリズムの問題を考えるときの、「原初主義」と「道具主義」という考え方がある。…原初主義とは、日本民族は2600年続いているとか、中国民族は5000年続いているといったような、民族には根拠となる源が具体的にある、という実体主義的な考え方。→ この場合の具体的な根拠として挙げられるのは、言語、血筋、地域、経済生活、宗教、文化的共通性といったもの。〔※日本の場合は、言語、血筋、宗教に加えて、最近では文化的な共通性(和食とか和製○○とか)を強調する傾向…?〕
・きわめて素朴な議論だが、ここには大きな問題がある。ex. ウクライナ人とロシア人……988年に導入されたロシア正教がロシア人のアイデンティティ形成にとって不可欠だったと言われているが、その年にキリスト教を受け入れたのは、現在のウクライナの首都キエフの大公だったウラジミール一世。→ そうすると、キエフなきロシアというのは考えられるのか。あるいは、ウクライナというのも、その意味ではロシア人ではないか、ということになる。→ 原初主義的発想では、すぐに袋小路に入ってしまう。
・それに対して道具主義は、民族はエリートたちによって創られる、という考え方。…つまり、国家のエリートの統治目的のために、道具としてナショナリズムを利用するのが、道具主義。(※近現代の日本のナショナリズムは、この〝道具主義〟の色合いが強い…?)
・この道具主義の代表的な論者が、アンダーソン。…国民というのはイメージとして心に描かれた想像の政治的共同体。→ つまり、日本の国民というのは、「自分たちは日本人なんだ」とイメージしている人たちの政治的共同体だ、ということ。…イメージだから、実体的な根拠はない。→ 国民意識というのは、自分たちは同じ民族だというイメージをみんなが共有することで成り立つものである、というのがアンダーソンの考え方。(※う~ん、「共同幻想論」と通底する考え方か…?)(※オリンピックなども、国民意識のための〝道具〟として使える…?→ 安倍政権がオリンピック招致に熱心だった理由…?)


○標準語はいかにつくられるのか

・では、どうすれば同じ民族というイメージが共有されるのか。→ アンダーソンが強調するのは、標準語の使用。……標準語というのは、自然に存在するものではない。…日常の話し言葉は、地域によって様々…現在の日本にも、地域ごとに方言がある。→ では、標準語はどのようにつくられていくのか。アンダーソンは「出版資本主義」の力だとする。
・書籍の出版は、初期の資本主義的企業であり、初期の出版市場は、もっぱらラテン語の読書人たちを対象としていた(ラテン語を読める人間は少数のエリートなので、市場としては旨味がない)。→ 16世紀前半、ルターの宗教改革の時代に、ルターがドイツ語で著作を書き、聖書のドイツ語訳を出版した。これが飛ぶように売れた(ルターは名の通った最初のベストセラー作家となった)。⇒ そして重要なことは、ルターのドイツ語訳の聖書が普及したことで、標準的なドイツ語を読み書きする空間が生み出されるようになった、ということ。
・話し言葉はあまりに多様なので、話し言葉ごとに本をつくっていたら、出版業はたいして儲からない。→ そのために、「出版用の言語」がつくられていくことになる。…それが国語や標準語というシステムになっていく(というのがアンダーソンの分析)。
・アンダーソンの考え方では、民族とは想像された政治的共同体、すなわち想像上の存在(※「幻想された共同体」?)。→ だから、小説や新聞が大きな役割を果たす。…ある小説を読む読者共同体ができる。→ そこに「われわれ」という共通認識が生じる。…「われわれ」を感じることができるような文学形態(ex. 小説)は、ナショナリズムと表裏一体の関係にある。
〔※う~ん、「出版用の言語」=国語、標準語 → その国語や標準語というシステムが、「われわれ」という共通認識を持てるような空間を生み出し、それに小説や新聞(現代ではネットも?)が大きな役割を果たし、それらは、ナショナリズムと表裏一体の関係にある、ということか…?…一定の説得力はあるが、ちょっと単純化しすぎる嫌いも…〕


○公定ナショナリズムとは何か

・アンダーソンの議論でもう一つ重要な概念に「公定ナショナリズム」というものがあり、ここに道具主義が絡んでくる。これは簡単に言うと「上からのナショナリズム」で、アンダーソンはその例として帝政ロシアを挙げている。
・ナポレオンの侵略後、国民国家やナショナリズムの理念がヨーロッパ諸国に広まっていったことはすでに触れたが ←→ こうしたフランス発の理念に対抗するため、ロシアは「正教、専制、国民性」というスローガンを掲げた。…この第三の原則「国民性」が、この時期に新しく加えられた。
・さらに19世紀末になると、アレクサンドル三世の治世のもと、ロシア語が、バルト海地方すべての学校の授業の言語として義務づけられる。…このように、支配者層や指導者層が、上から「国民」を創出しようとするのが公定ナショナリズムだが、それは王権の正統性を支える新たな道具になると同時に、「新たな危険を伴った」とアンダーソンは指摘している。
(※この構図は、明治以降の近代日本にも、そのまま当てはまるのでは…?)
・(「新たな危険」とは)…「国民性」をつくるということは、君主もまた国民の一人に数えられることになる。→ 従って君主は、国民の代表として、国民のために統治をしなければいけない。←→ 仮に、それに失敗すると、国民からは同胞に対する裏切り行為と糾弾されてしまう…そういう危険性があるわけだ。


○ゲルナーのハイライト

・次に紹介するゲルナーも、道具主義の代表的な論客。〔主著『民族とナショナリズム』〕…(ナショナリズムの思想があって、ナショナリズムの運動が生じるのではなく)ナショナリズムの運動があって、ナショナリズムの思想が生じる。→ その結果、「民族」「国民」と訳されるネイションが生まれてくる。…つまり、(民族が最初にあってナショナリズムが生まれるという原初主義的な通念は誤りで)ナショナリズムという運動から民族が生まれる(発見される)、というのがゲルナーの考え方。
・また、民族という感覚は(アンダーソンと同様に)近代とともに生まれたものとする。…ex. 日本の江戸時代でも薩摩と会津の人間は、同じ民族だという感覚は持っていなかった。
・『民族とナショナリズム』の中でとくに注目してほしいのは、ナショナリズムに対する誤った四つの見方の指摘。

①ナショナリズムは自然で自明であり、自己発生的である、という見方。
②ナショナリズムは観念の産物であり、やむを得ず生まれたため、ナショナリズムはなくても済ますことができる、という考え方。←→ ゲルナーは、ナショナリズムは近代特有の現象と認めながら、同時にそれを消去することはできない、と言っている。
③(マルクス主義者への皮肉)…マルクス主義者は、労働者階級に「目覚めよ」とメッセージを送ったのに、そのメッセージが民族に届いてしまったことについて、「宛先違い」だったと弁解する。…この見方は誤っている。→ なぜ民族に人々が動かされてしまうのかを考えなければいけない、ということ。(※う~ん、日本の戦後思想も、いまだにこの部分について、ほとんど決着がつけられていないのではないか…?)(※現在のフランスでも、庶民階層の多くが、国民戦線という右翼政党を支援しているらしい。…トッド『シャルリとは誰か?』より)
④ナショナリズムは、先祖の血や土地から「暗い力」が再び現れたものだという見方。…これは明白にナチズムを指している。←→ これもまた、ゲルナーは否定する。


○ナショナリズムが産業社会に生まれる理由

・なぜゲルナーはナショナリズムを近代特有の現象だと考えたのか。…それは、産業社会でないと、人々の文化的な同質性が生まれないから。
・産業社会になると、人々は身分から解放され、移動の自由を獲得するので、社会は流動化する(1章のイギリスの「囲い込み」参照)。→ 社会が流動化すると、見知らぬ者同士でコミュニケーションをする必要が出てくる。→ 普遍的な読み書き能力や計算能力といったスキルを身につけることが必須になる。→ 一定の教育を広範囲に実行するためには、国家が必要。…国家は社会の産業化とともに、教育制度を整え、領域内の言語も標準化する。→ こうした条件があって、広範囲の人々が文化的な同質性を感じることができるというわけだ。(※日本では、明治の文明開花期か…)
・こうして、産業化によって流動化した人々の中に生まれていく同質性が、ナショナリズムの苗床になる、というのがゲルナーのナショナリズム論。…1章で、資本主義社会の本質は「労働力の商品化」であるというマルクスの考えを紹介したが、ナショナリズムの形成にも労働力の商品化が大きくものを言ったのだ。
(※労働力の商品化 → 社会の産業化 → 読み書き・計算の能力の必要性 → 国家による教育制度の整備と言語の標準化 → 広範囲の人々に文化的な同質性 → ナショナリズムの形成…ということか。)


○「エトニ」という新たな視点

・アンダーソンもゲルナーも、民族やナショナリズムが近代的な現象であるという点では共通している。→(そして先述のとおり)知識人の間では、原初主義は素朴な議論として斥けられ、道具主義のほうが常識的な議論として受け取られている。←→ しかし、知識人の外側は違う。…知識人ならざる多くの近代人(※一般大衆?)には、民族がはるか昔から存在しているように感じられている。…いったい、それはなぜか。
・アントニー・D・スミスの画期的なナショナリズム論。…(アンダーソンの、民族とは「想像された政治的共同体」という考えに対して)スミスは、近代的なネイションを形成する「何か」がある、と考える。…それを表す概念が、現代フランス語の「エトニ」(古典ギリシア語の「エノトス」)…すなわち「共通の祖先・歴史・文化を持ち、ある特定の領域との結びつきを持ち、内部での連帯感を持つ、名前を持った人間集団」。…(※我々で言えば「日本人」「大和民族」か…)
・スミスによれば、近代的なネイションは、必ずエトニを持っている(エトニが存在しないところに、人為的に民族を創造することはできない)、ということ。←→ しかし、エトニを持つ集団が必ずネイション(国民、民族)を形成するわけではない。→ そのごく一部がネイションの形態を取るのであり、ネイションが自前の国家を持つことができる場合はさらに限られる。(※つまり「エトニ」は、「ネイション」や「自前の国家」になるための必要条件か…)
・このエトニという観念が、歴史と結びつくことによって、政治的な力が生まれる。→ この力によって、エトニは「民族」に転換する。(※う~ん、民族主義派が「歴史教育」を重視するわけか…)
・ここでいう「歴史」は、実証性が担保されている必要はない。つまり、史料にもとづいた客観的な歴史記述である必要はない。人々の感情に訴える、詩的で、道徳的で、共同体の統合に役立つ物語としての歴史(1章で述べた「ゲシヒテ」)。…これが民族形成に不可欠なのだ。→ 民族がはるか昔から存在しているように感じられる理由もここにある。
(※まさに、戦前の「歴史教育」であり、現在の安倍政権が目指すものも、これの〝平成版〟か…)


○三人のナショナリズム論の違い

・アンダーソンの論……(本人の意図とは離れて)「想像の共同体」は人為的につくられるというふうに読まれる傾向が強くある。…とりわけ日本ではそうだった。→ 近代的なネイションは操作可能だということになる。そう誤解される理由は、彼のナショナリズム論には、経済基盤(※マルクス主義的に言うと「下部構造」か)に対する観点が希薄なこと。つまり、イメージやシンボルがあれば、ネイションはつくることができる。→ こうした点ばかりが着目され、「国民国家などフィクションだ」という形で、国家を相対化することに焦点をしぼってアンダーソンの論は使われてしまったようだ(※主に左翼的な視点か…?)。
・ゲルナーの論……経済基盤への着目という点では、すっきりしている。→ 労働力の商品化ひいては産業化が、ナショナリズム誕生の必要条件と言っている。←→ しかし、産業化によって生まれたナショナリズムが、なぜ過去から連綿と続く民族的根拠があるようにイメージされるのか、そして、なぜ人々はナショナリズムに命を賭けるような行動を取るのか、という問いに答えることができない。(※この問いは、宗教問題とともに、現下の世界の最大の難問の一つか…)
・この点を説明しようとしたのがスミスだ。…つまり、ネイションにはエトニ(※共通の祖先・歴史・文化などを持つ、名前を持った集団)という「歴史的な」根拠があるということ。


○フスの物語

・三人の中で、スミスのナショナリズム論は、原初主義にもっとも近い議論。→ だからこそ、知識人の間では、アンダーソンやゲルナーの議論のほうが好まれる(※多くの左翼知識人も?)。←→ しかし私自身は、スミスの言う「エトニ」の概念は決定的に重要だと考える。(※このあたりが、この著者のユニークさであり優秀さか…)
・ネイションという言葉は、ラテン語の「ナチオ(natio)」。…中世の大学の中で出身地を同じくするサークルのことを意味する。…日本語なら、「郷土会」や「同郷団」。
・チェコの宗教改革者フス(ルターの宗教改革以前に活動)が学んだカレル大学には、ボヘミア、ザクセン、バイエルン、ポーランドという四つのナチオがあった。→ フスが参加したのは、ボヘミアのナチオ。…このナチオには、チェコ人、スロヴァキア人、南スラブ人、マジャール(ハンガリー)人がいて、ここだけがチェコ語を用いていた。
・このナチオが、15世紀のフス派の反乱によって政治的意味を持つようになった。…当時の教会の腐敗(三人の教皇による、贖宥状の販売や傭兵を使った戦争)を批判し、チェコ語の聖書をつくったのがフス。→ しかしフスは、異端の烙印を押され、1415年に火刑に処された。→ ボヘミアのフス派はこれに反抗し、1419年にフス戦争を起こす。→ カトリック軍に対して善戦するが、最終的には内部分裂を起こし、フス派内急進派は、穏健派とカトリックの連合軍に敗れた。
・このフス戦争を通じて、民族のアイデンティティとチェコ語という言語、フス派の宗教改革が結びついて、エトニすなわちネイションという考え方の基本が、カレル大学のボヘミアのナチオから出てきた。→ 近代になって、チェコ民族が成立したのは、チェコというエトニが中世に形成されていたから。…フスはそれを結晶化する役割を果たした。
・フス自身は、(自らを近代的なチェコ民族と思っていたわけではなく)…チェコという出身地やチェコ語という言語と結びついた自己意識があっただけだ。→ この自己意識が、フス戦争を通じて、チェコ人というエトニの輪郭を強力につくりあげた。→ このチェコ・エトニが、近代になってチェコ人が国家を形成する民族意識の母体になったのだ。
・チェコ民族の成立からわかることは、あらかじめエトニという要因があることで、民族ができあがるとは言えないということ。…エトニは、民族意識が生まれた後、「歴史的な」根拠として事後的に発見される(※「後づけ」「後知恵」?)。→ 発見するのは、文化エリート。…フスの物語をチェコ民族のエトニとして発見したのは、パラツキ―という文化エリートだった(後述)。
・その意味では、民族問題をつくっているのは常に文化エリートとも言える。…ex. 日本の場合でも、日本的なエトニというのは、本居宣長によって「漢意(からごころ)に非ざるもの」という形で、『源氏物語』や平安時代の中にあると読み込まれた。←→ しかし平安時代の人々に、本居宣長が言ったような「漢意に非ざるもの」という意識は、おそらくなかっただろう。(※日本のネイションの萌芽は、江戸時代にあった、ということか…?)
⇒ つまり、(エトニがあるからネイションができるのではなく)ネイションができるからエトニが(※事後的に)発見されるのだ。

〔※う~ん、このことは、これから数年、(〝憲法改正〟に向けて)日本の文化エリートが、どのような日本・エトニを新たに発見してくるのか、そして、日本人がどのエトニに同調していくのか、あるいはしないのか…非常に重要になってくると思われる。…とにかく日本人には、戦前・戦中に、大和・エトニに根こそぎもっていかれた、という〝前科〟があるのだから…。〝風化〟という問題は、震災や津波という自然災害だけではなく、戦争(原発も)という人災にも当てはまる問題だ。そして「70年」という年月は、それを風化させるのに十分すぎる時間だと思われる…〕



(3)ハプスブルク帝国と中央アジアの民族問題


○マジャール人の覚醒

・18世紀のオーストリア・ハプスブルク帝国内は、神聖ローマ帝国と同様、大小の領邦が分立し、非常に多くの民族を含んでいた。←→ 外では、プロイセンが強国として力をつけ、ハプスブルク帝国を脅かす存在になっていた。→ そこでハプスブルク帝国は、中央集権的な国家をつくるために、農奴解放、宗教寛容政策や教会改革など、「上からの近代化」をめざす。…その中で、帝国内の民族問題につながる影響を与えたのが、ドイツ語の公用語化政策だった。
・しかし、このドイツ語化政策は両刃の剣だった。→ 王朝が普遍的な帝国的言語としてドイツ語を押しつけようとすればするほど、ドイツ語を話す臣民に肩入れしているようにみなされ、それだけ他の臣民の反感を募らせた。←→ しかし、そうしなかった場合には(実際、王朝は他の言語、とりわけハンガリー人の言語に譲歩した)、それは結果的に帝国統一の推進にとって後退であったばかりか、今度はドイツ語を話す臣民が貶められたと感じることになった。(※う~ん、国家の統治にとっての、言語の扱いの難しさ…)
・このドイツ語化政策に、帝国内でもっとも反発したのがハンガリーのマジャール人だった。…ドイツ語が帝国の公用語になれば、(ドイツ語を話せない)マジャール人貴族たちは職にあぶれ、既得権益を失ってしまう。→ そこでマジャール人の支配階級は「上からのナショナリズム」を志向し、マジャール語の防衛に乗り出した。…つまり、一方では、ハンガリー地域内に公定ナショナリズムが生まれていく。
・他方で、ハンガリーでは民衆的ナショナリズムも育っていく。→ 識字率の上昇、マジャール語出版物の普及、自由主義的知識人の成長などによって、民衆的ナショナリズムが刺激され、(アンダーソンの言う)出版資本主義による「想像の共同体」の素地ができていった。
・両者のナショナリズムが最高潮に達するのが、1848年のウィーン三月革命。→ ハンガリーの議会は、封建的な貴族州議会を廃止し、責任内閣制を掲げたほか、農奴解放やマジャール語の公用化を宣言する。←→ しかし、翌49年、革命はロシア軍の援助を受けたオーストリア軍により鎮圧され、民族的自由は再び奪われる。(※う~ん、中東欧は複雑…)


○公定ナショナリズムと帝国主義

・ハンガリーのナショナリズムに見られる、公定ナショナリズムと民衆的ナショナリズムの相克は、その後も続いた。…1866年、オーストリアはプロイセンとの戦争(普墺戦争)に敗れ、ハンガリーの自治が認められた。→「オーストリア=ハンガリー二重帝国」の成立(オーストリア皇帝がハンガリー国王を兼任するが、外交・軍事・財政以外は、ハンガリー独自の憲法、議会、政府を持つ)。…(※これも複雑!…詳細はP130~131)
・これは、帝国内のマジャール人以外の民族から見れば、一種のハンガリー優遇策。そのためハンガリー国内でも、他の民族からの自治を求める声が強まっていった。←→ それに対して、ハンガリー王国は「公定ナショナリズム」を突きつける。→ 国内でマジャール語化政策を打ち出し、他民族にマジャール語を強制していく。
・オーストリア=ハンガリー二重帝国は、第一次世界大戦に敗れる。→ その結果、オーストリアとハンガリーは分離し、1918年にハンガリーは独立。のみならず二重帝国は解体され、チェコスロヴァキア、ユーゴスラビアが独立、ハンガリー王国東部の地域はルーマニアが獲得。……アンダーソンは、公定ナショナリズムの本質を、民衆的ナショナリズムに対する権力集団の応戦だと言う。(※日本の民衆は、権力側の公定ナショナリズムにやられっぱなし…?)
・ハンガリーでは民衆的ナショナリズムが育つなか、自らの権益を守りたいマジャール人貴族たちの公定ナショナリズムによって、王国内の他民族にマジャール化を迫った。
⇒ 新・帝国主義の時代である現在も、帝国主義は公定ナショナリズムと親和性を持ちやすい。…その典型は、中国。
・現在の中国に見られるナショナリズムの高揚は、中国指導部にとって両義性を持っている。→ 中国指導部が公定ナショナリズムを巧みに操作し、共産主義イデオロギー(※実態は、支配者層の既得権益の擁護?)にもとづく権力の中枢を、民族の代表に転換することに成功するならば、ナショナリズムの高揚は体制を強化することになる。←→ それに対して、現在形成されつつある中華民族というナショナル・アイデンティティによって、「お前たちは我々の代表ではない」と共産党指導部が拒否されれば、高揚するナショナリズムは体制にとって危険なものになる。…近代的な民族が育ちつつある中華帝国をアナロジカルに分析する上で、公定ナショナリズムという概念は、非常に有用なのだ。

〔※日本を含めた中国の周辺国にとって、中国が脅威となるのは、(戦前の日本がそうであったように)中国の民衆的ナショナリズムが、中国指導部の公定ナショナリズムに巧みに操作・同調させられることによって、排外主義的なナショナリズムの高揚につながってしまうときだろう。そして最悪なのは、それに対抗する形で、日本の排外的なナショナリズムにも火がついてしまう、という事態だろう(そうなれば、過去の歴史が示すように、いちばん被害を被るのは、いつも民衆の側という結果になる)。→ これを防ぐためには、支配者層による上からの公定ナショナリズムと、生活的な基盤に根ざした民衆的ナショナリズムとを、意識的に峻別する視点・論理そして物語を獲得していく。→ そうすることで、他国の民衆の側とも協調・連帯して、共にそれぞれの支配者層と対峙していく、ということだろう…〕


○オーストリア・スラブ主義とパラツキー書簡

・次にチェコ民族を見てみる。…現在のチェコ共和国の中西部をボヘミアという(宗教改革者フスの出身地)。…ハプスブルク帝国の中では、最も工業化の進んだ地域で、新聞・雑誌を含めチェコ語の出版物も数多く刊行され、文化エリートが育ちやすかった。→ その中にあって、チェコ人は支配者階級であるドイツ人との対立を深め、民族意識を覚醒させていく。
・チェコのナショナリズムを見る上で重要なのは、オーストリア・スラブ主義の思想。1848年のウィーン三月革命によって、ボヘミア地域にも一定の自治が認められた。→(ハンガリーの場合は、ここからマジャール人の公定ナショナリズムが生まれていったが)、ボヘミアは違った。→ ボヘミアは、オーストリア帝国内にいるスラブ民族の連帯を主張するようになる。…これをオーストリア・スラブ主義という。
・オーストリア・スラブ主義を典型的に表すものに、「パラツキー書簡」がある(パラツキーは、チェコの歴史家・民族運動の指導者)。…1848年の革命によって、ドイツ連邦の各地でドイツ統一の運動が強まる。→ このときフランクフルト国民議会が開かれ、二つの立場に分かれる。…①オーストリアを中心にドイツを統一しようという大ドイツ主義。②オーストリアからは分かれて、プロイセン中心で統一しようとする小ドイツ主義。
・ボヘミアのパラツキーのもとにも、大ドイツ主義の代表の一人として参加要請があった。→ この参加要請を拒否した書簡が「パラツキー書簡」(チェコの民族運動を語る上では決定的に重要な資料)。(その要旨)…私はスラブ民族につながるチェコ人…チェコ民族は小さな民族だが、太古以来固有の民族性を持ったひとり立ちの民族だった。その支配者たちは古い時代からドイツの君主たちの連邦に加入してきたが、しかしチェコ民族は自分がドイツ民族に属するとは決して考えなかったし、またどんな時代にも他の民族からドイツ民族の一部と考えられたことはなかった。…つまりパラツキー書簡には、まず自分がチェコ民族であることが堂々と宣言されている…(詳細はP135)。


○「われわれはフスの民族だ」

・パラツキーはチェコ民族の父。→「われわれはフスの民族だ」というイメージを流布することによって、民族のアイデンティティを確立していく。→ そして宗教的にも、(ドイツのプロテスタンティズムではなく)チェコ土着であるフス派のプロテスタンティズムであるという物語をつくっていく。…つまり、パラツキーによって、フスの物語がエトニとして発見されていくわけだ。
・ただし、彼の主張は、(単純なチェコ民族独立主義ではなく)オーストリアからドイツを切り離し、チェコ人、スロヴァキア人、ポーランド人、スロベニア人などのスラブ系諸民族の連邦的な帝国にオーストリアを再編すべきというもの。…これがオーストリア・スラブ主義。→ 従って、同じスラブ民族であっても、「世界帝国」をめざすロシアとの連帯は拒絶する。また、ドイツはドイツでまとまればいいじゃないか、と考えている。←→ ただし、オーストリア帝国にはいっさい手を出してほしくない、と。(※う~ん、中東欧諸国の微妙な立ち位置…)
・こうしてパラツキーは、フランクフルト国民議会への出席要請をはねつけ、他方では、プラハでスラブ民族会議を開き、帝国内のスラブ民族の統合を掲げる。→ 以降、チェコの民族運動は、オーストリア・スラブ主義を基調に動いていく(とりわけ、スロヴァキア人との連邦を構想し、1918年に兄妹民族によるチェコスロヴァキア共和国を建設)。


○ムスリム・コミュニスト

・ここから中央アジアの歴史を見ていく…ナショナリズムが「人を殺す思想」として培養されていく姿がよくわかるから。
・帝政ロシア時代までの中央アジアは、国家が存在しない土地であり、「トルキスタン(トルコ系の人たちが住む土地)」と呼ばれていた。…当然、近代的な民族意識はない。
・遊牧民は、血縁にもとづく部族意識。…農耕民は、定住するオアシスを中心とする地縁意識。…そしてどちらもスンニ派ムスリム(イスラム教徒)という宗教意識を持っている。…言語は、トルコ系言語とペルシャ系言語であり、双方を話すバイリンガルも多い地域だった。
・1920~30年代、スターリンはトルキスタンに恣意的な分割線を引いていく。…おそらくそれは、ロシア革命がヨーロッパに波及しなかったことと関係している。
・マルクス主義の考え方によれば、資本主義が最も発達したところから革命が起きて、社会主義になっていくはず。←→ ところが、現実に革命が最初に起きたのは、後発資本主義国のロシアだった。→ 革命の指導部は、ロシア革命がやがて西欧に拡大していく、と考えたが、その予想は外れてしまった。
・ここで、スターリンとレーニンは見事な方向転換をする。→「万国のプロレタリアート、団結せよ」というスローガンに加えて、「万国の被抑圧民族、団結せよ」を並べるのだ。…本来、この二つは矛盾する。プロレタリアートの観点からすれば、民族には意味がない。…被抑圧民族の観点からすると、階級区別は意味を持たない。→ それを同居させてしまうところが、スターリンとレーニンの手腕。
・さらにレーニンは、潜在的な被抑圧民族として、中央アジアやコーカサスの少数民族に目をつける。→ そうして、ムスリム・コミュニストという概念をつくってしまう。…このムスリム・コミュニストに、中央アジアでプロレタリアート革命を実行してもらおうというのが、レーニンの魂胆だった。
(※こういう政治的策略は、後で高いツケが回ってくるのが歴史の常…)


○トルキスタンの分割

・レーニンのねらいは成功した、いや、成功しすぎた。→ トルキスタンのムスリムに力がつきすぎてしまい、次々とムスリム系の自治共和国が生まれていった。…このままでは、マルクス・レーニン主義まで危うくなってしまう。中央アジアに単一のイスラム国家が生まれてしまう。→ イスラム原理主義革命の拡大に危機感を募らせたのがスターリンだった。
・そこでスターリンは、1920~30年代に「上から」複数の民族をつくっていく。→ トルキスタンを、タジキスタン、ウズベキスタン、キルギス、トルクメニスタン、カザフスタンという五つの民族共和国に分割した(P140に地図)。(※う~ん、こういう成り立ちだったのか…)
・しかし、これらは上から人為的につくられた民族であるため、様々な矛盾が生じた(詳細はP141)。…このように中央アジアでは、1920~30年代に(ほとんど民族意識がないところで)「上から」民族がつくられた。…公定ナショナリズムの典型。
・その結果、どうなったか。→ ソ連崩壊後、中央アジア諸国では部族を中心とするエリート集団が権力を握り、他方で、経済的困窮からイスラム原理主義が拡大していく。(※経済的困窮は、イスラム原理主義が拡大していく最大の要素か…)
・ソ連時代にはそれなりに存在していた市民層も、伝統的な部族社会に吸収されるか、イスラムに対する帰属意識を強める方向に分解が進んだ。→ 1990年代のタジキスタン内戦のように国家が分裂し、民族ごとに国家がいくつも登場して、激しい殺し合いをするかたちで、民族意識が高まってしまう。…これは、ナショナリズムが「人を殺す思想」になってしまうことを端的に示している。
(※このタジキスタン内戦というのは、ほとんど記憶にないが、日本では報道されていたのだろうか…?)



(4)ウクライナ危機からスコットランド独立問題まで


○ウクライナ危機のプロセス

・以上をふまえて、現下の国際情勢について考えてみる。…2014年は、新・帝国主義の時代がいよいよ本格化してきたことを印象づける一年だった。…それを象徴しているのがウクライナ危機。→ この地では、ナショナリズムが文字どおり「人を殺す思想」となっている。
・(今回のウクライナ危機にいたる推移)…2010年2月に大統領に就任したヤヌコビッチは、親ロシア派だが、EUとの経済連携強化を進めていた。→ ところが、2013年11月に、その協定交渉を突然中止し、ロシアとの関係を強化する方針を表明。←→ これに反発する大規模なデモや反政府集会が連日続き、多数の死者も出たことで、事態は緊迫化。→ ヤヌコビッチ大統領が野党側に譲歩するも(大統領選の前倒し実施など)、反政府派のデモは収束せずに激化し、首都キエフを掌握。→ その後、ヤヌコビッチ大統領は行方不明となり、大統領代行による暫定政権が発足。→ このウクライナでの「革命」に続き、2014年3月には、ウクライナのクリミア自治共和国で住民投票が行われ、(ロシアへの)編入を要求。→ そしてロシアは、クリミア編入を決定。→ その後、4月以降は、ウクライナ東部を親ロシア派勢力が掌握し、分離独立を主張。←→ それに対し、新政権は治安部隊を投入したが、事態は混迷を深めたまま内戦状態に。→ ドネツク州、ルガンスク州を実効支配する親ロシア派と、ウクライナ中央政府の間で9月に停戦協定が結ばれたが、武力衝突が完全に収まったわけではない。


○ウクライナ情勢の本質は何か

・しかし、こうした現象面の事実だけを追っていても、ウクライナ問題の本質は何ひとつわからない。→ ウクライナ情勢を解く鍵は、ウクライナ人が持つ「複合アイデンティティ」にある。…ウクライナは、西部と東部・南部で歴史や民族意識が大きく異なるのだ。
・ウクライナ西部は、第二次世界大戦までは、ロシアによって一度も支配されたことがない土地で、強烈なウクライナ民族意識を持っている。宗教もユニエイト教会(ローマ教皇の指揮監督下)の信者が多数派。←→ これに対して、ウクライナ東部・南部はまったく違った歴史を持っている。…17世紀にはロシア帝国領に組み込まれ、ロシアと密接な関係を持った地域。ロシア語を日常的に話す住民が多数派。宗教もロシア正教。→ 従って、人々はそれほど強いウクライナ民族の自覚を持っているわけではない。(詳細はP144~147)
・今回のウクライナ政変で機関車の役割を果たしたのは、西部の民族主義者たち。…西ウクライナの民族主義には長い歴史がある。→ ソ連が崩壊していくプロセスの中で、西ウクライナを中心にウクライナ語の使用などを訴えた激しい民族解放運動が起きる。…その中心になったグループが、「西ウクライナ・ルフ」。
・彼らの基本的な考え方は、「ウクライナが独立した際には核兵器を保全しながら、大国としてロシアに対抗していく」という強硬なものだった。→ 今回のウクライナの反体制派の中心は、この西ウクライナグループだ。…彼らは、祖国をロシアから完全に切り離し、純粋なウクライナを構築したいという強い願望を持っている。……現在ウクライナで進行している「革命」の背景には、こうした歴史的・文化的な根深い対立構造があるのだ。→ 従って、西部と東部・南部では、ロシアに対する距離感もまったく異なる。…西部の民族主義者たちは、ロシアからの影響を排除し、EUとの連携強化を目論んでいる。←→ それに対して、東部・南部はロシアに強い親近感を示し、ウクライナからの分離独立にも肯定的な住民が多数いるのだ。
(※う~ん、複雑…! そして、このウクライナ問題は、今も解決の筋道が見えてこない…)


○アイルランド問題とのアナロジー

・ウクライナでの異なるナショナリズムの衝突をどのように考えればいいのか。→ アナロジー(類比)のモデルとして、(前章でも扱った教科書)『イギリスの歴史「帝国の衝撃」』を参照する。
・まず、イギリスとアイルランドの歴史的経緯……もともとアイルランドは大多数がカトリックだったが、スペインがイングランドを攻撃する拠点としてアイルランドを利用したため、イングランドはアイルランドを取り締まるようになり、後にはプロテスタントが入植するようになった。→ さらに17世紀には、イングランドの内戦で勝利したクロムウェルがアイルランドに侵攻、4万人のアイルランド人を農場から追い出し、それらの土地を自分の兵士に分け与えたという。→ 19世紀には、アイルランドはイギリスの正式な植民地となる。…19世紀半ばに襲った飢饉では、約100万人の餓死者がアイルランドに出たが、イギリス政府は冷淡な態度しか示さなかった。……こうした経緯の中で、アイルランドは断続的に抵抗を繰り返し、1922年、北部アイルランドはイギリスの一部として残留し、他のアイルランドはアイルランド自由国(49年にアイルランド共和国)として独立する。(※これも複雑…!)
・そして歴史教科書は、「アイルランド:なぜ人びとはアイルランドと大英帝国について異なる歴史を語るのか?」というタイトルの章で、二つの戦いについて説明されている。

①第一次世界大戦で、イギリス国王と大英帝国のために20万人以上のアイルランド人が兵士として従軍し、そのうちの3万人以上が戦死した。
②大戦中の1916年、アイルランドの首都ダブリンでアイルランドの一団が武装蜂起して(イースター蜂起)、独立アイルランド共和国樹立を宣言したのち、イギリス軍によって鎮圧された。

・つまり、一つの島に二つの異なる態度があった。

①フランスでイギリス国王と帝国のために戦い、死をも辞さないアイルランド人(イギリスの一員と感じている)。
②ダブリンで国王と帝国に対して、死ぬ気で戦いを挑んだアイルランド人(イギリスの支配から脱するべきと思っている)。

⇒ その上で読者に、歴史について自分の意見を述べよ、という課題を提示している。
(※う~ん、日本ではこんな教科書にお目にかかったことはない…詳細はP148~152)


○同質性が高いほどナショナリズムは暴発しやすい

・ウクライナ危機とアイルランド人の問題は、どのような点でアナロジーを構成できるか。……ナショナリズムの衝突を考える上で重要なことは、アイルランドとウクライナも、同質性が高い地域で殺し合いが起きた、ということ。…アイルランド人の中には、イギリス社会で中産階級に上昇する人もいた。→ 多くのアイルランド人は、複合的なアイデンティティの持ち主だと考えられる(同質性が高いなら、暴力的な衝突は起きにくい、と考えたくなるが、まったく逆なのだ)。⇒ ナショナリズムは、同質性が高いほど、その差異をめぐって、暴発しやすいのだ。
(※う~ん、政治党派も、宗教でも、その傾向ありか…?)
・ウクライナ人もロシア人も、同じ東スラブ人だから、同質性は比較的高いと言える。

①ロシアとの協調を求める東部・南部のウクライナ人。
②ロシアの影響を排除し、親欧米を掲げる西部のウクライナ人。

・ウクライナが独立したのは、ソ連が崩壊した1991年(およそ四半世紀前)→ そのため、40代以上のウクライナ人は、ソ連人として過ごした年数も長く、複合アイデンティティを持っている。←→ しかし彼らは今、自分たちがロシア人なのか、ウクライナ人なのか、アイデンティティの選択を迫られている。→ そして、そのアイデンティティの選択次第で、隣人と殺し合いをする状況が生まれてしまうのだ。……このように、アイルランドの歴史を参照すると、ウクライナ危機の構図は、同質性の高いナショナリズムの衝突という形で整理することができる。(※う~ん、ウクライナ危機の複雑さが少し分かってきたか…)


○スコットランド独立問題

・まったく同じ構図を、2014年9月に行われたスコットランド独立の是非を問う住民投票に見て取ることができる。……1707年の「連合法」によって、スコットランドはイングランドに併合された。…それまで、スコットランドは独立した王国だった。→ 民族の記憶は、300年程度では消えない。(P154にイギリスの地図)
・スコットランドの人々が恐れたのは、このまま人材も資源も流出し、ロンドンに吸い取られていく未来だ(人口530万人の自分たちで回していったほうが豊かになれる、という計算もあったかもしれない)。→ イングランドとの格差が広がり、独自の言語も廃れ、軍事負担も過剰に課せられている。…こんな問題提起が噴出し、民族意識に火がついた。
・幸いなことに、スコットランドでは殺し合いではなく、住民投票という形で、アイデンティティの選択が行われた。しかし、武力衝突の可能性がなかったわけではない。…仮に、スコットランドが独立を可決していたらどうか。→ イギリスは北海油田を失うことになり、イングランドがこれを認めることは断じてなかったはず。→ イングランド・スコットランド戦争、あるいはスコットランド内部のイングランド統合派とスコットランド独立派が衝突することになる。
・実際は、独立反対の票が上回り、スコットランドはイギリスに残留することになったが、これで一件落着と考えることはできない。……ギリシア語では「クロノス」と「カイロス」という二つの異なった時間概念が存在する。

①クロノス……日々、流れていく時間のこと。年表や時系列で表される時間。
②カイロス……ある出来事が起きる前と後では意味が異なってしまうような、クロノスを切断する時間。(※戦争とか今回の震災とかを内に取り込んだ時間概念、ということか…)

・スコットランドの住民投票では、イングランド人とスコットランド人では、カイロスが異なることが可視化された。…住民投票にあたり、イギリス政府だけでなく、国政レベルの与野党はすべて独立に反対して、スコットランドに「独立した場合、経済的に困窮することになる」と圧力をかけた。←→ このことに対して、多くのスコットランド人は、自分たちが差別されているという認識を抱いた。…つまり、スコットランド人にとっては、今回の住民投票が、過去の苦渋の記憶が蘇るようなカイロスになった。←→ しかし、イギリス人にその意識はなかったのだ。(※う~ん、この構図は、沖縄と本土との関係にアナロジーできるか…)
・おそらく、スコットランド独立派が、イギリスからの分離独立を諦める可能性はない。…数年後に再び、独立の是非を問う住民投票を提起する可能性は十分にある(詳細はP157)。


○「ぼんやりとした帝国」としてのイギリス

・イギリスは、ここまで述べてきた近代の国民国家の原理とは、少し異なるところがある。→(アンダーソンの言)…「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」という国名の中に、民族を示唆する言葉はどこにもない。…イングランド人、スコットランド人、ウェールズ人、アイルランド人は民族名。しかし、グレートブリテン人、北アイルランド人という民族は存在しない。→ これが示唆するのは、この国では、王あるいは女王の名のもとに、民族を超える原理で人々が統合されてきたということ。…アイルランド問題やスコットランド問題も、このようなイギリス的統合のあり方が機能不全に陥りつつあることを示唆しているのかもしれない。(※そして今後、イギリスでは「EUからの離脱」を問う住民投票も控えているらしい…)
・ゲルナーもまた、イギリスの特殊性をこう表現している…「イギリスはぼんやりとしたまま帝国になった」。…イギリスの歴史教科書『帝国の衝撃』でも、インド支配をテーマとした章で、次のように問いかけている。…イギリス人の歴史家の多くは、イギリス人が最終的にインドを支配するようになったのは、偶然の結果であったと主張している。→ あなたはどう考えますか。イギリス人は単に「いつの間にか支配者になった者たち」だったのだろうか。それとも彼らは、自分たちの行為をきちんと理解していたのだろうか。
・イギリス政府がスコットランドの心情を理解せず、ぼんやりとしたまま「いつの間にか支配者になった」と考え続けるのであれば、スコットランドのナショナリズムは、今後もずっとくすぶり続けていくことになるだろう。


○スコットランドに自らを重ねる沖縄メディア

・このスコットランド独立運動に対して、日本のメディアの多くは、地域間の格差といったような「地域主義」の視点で報道していた。…これは、日本人記者の多くが、ロンドンの中央政府やイングランド人の世界観に立って、スコットランドを見てしまっている証拠だ。つまり、スコットランド独立運動が民族問題であることを軽視してしまっている。⇒ メディア報道のみならず、日本人は大民族なので、少数派の発想や感情を理解するのに不得手なところがある。
・それに対して、沖縄の報道は違った。…『琉球新報』の社説は、スコットランドの独立を問う住民投票を「世界史的に重要な意義がある」としている。…「冷戦終結以降、EUのように国を超える枠組みができる一方、地域の分離独立の動きも加速している。国家の機能の限界があらわになったと言える。もっと小さい単位の自己決定権確立がもはや無視できない国際的潮流になっているのだ。沖縄もこの経験に深く学び、自己決定権確立につなげたい。」
・沖縄人にとっては、スコットランドの住民投票は他人事とは思えない。…本土の人間と沖縄人とでは、同じ出来事が違う意味をもって受け取られている。→ つまり、イングランド人とスコットランド人と同様に、この両者でもカルロスが異なるのだ。
・スコットランドの住民投票からおよそ2ヵ月後、沖縄県知事選(2014.11.14)が行われ、翁長氏(前那覇市長)が当選した。…沖縄メディアは、県知事選を意識してスコットランドの住民投票を報じていたのだ。→ この選挙は、沖縄の自己決定権を主張する翁長候補と、すでに沖縄人は日本人に完全に同化したと考えている仲井眞前知事との間での、沖縄の自己決定権をめぐる住民投票の要素をあわせ持っていたから。
・その結果、翁長氏がおよそ10万票の差をつけて当選した。…これ以上の基地負担を拒否するという沖縄人の強い意志がこの背景にはある。


○ナショナリズムへの処方箋

・私は、ここ数年の間で、「エトニ」が沖縄の中で強化されていると見ている。→ もはや、沖縄(琉球)民族というネイション形成の初期段階に入っていると見たほうがいいかもしれない。←→ しかし、この現実が多くの日本人には見えていない。
・沖縄のエトニは、沖縄の地に自分たちのルーツがあるという自己意識を持つ人々と、沖縄の外部ではあるが、沖縄の共同体に自覚的に参加していく意思のある人々から形成されている。→ しかも基地問題、オスプレイの配備問題を通じて、沖縄人は、本土の沖縄に対する差別や無関心をますます強く自覚するようになってきている。
・「あなたがいったい何者であるのかを決定づける最大の要素の一つは、受け継がれてきた文化遺産、すなわちあなたの歴史にあります。しかし、異なる人びとが異なる観点から同じ出来事を見たときに、果たして歴史は同じものであり続けるでしょうか?」(『イギリスの歴史「帝国の衝撃」』)→ 一つの事実に複数の見方があるということを理解するようになると、思考の幅が広がる。→ そして、自分と異なるものの見方、考え方をする人がいても、そのことに対して感情的に反発することが少なくなるはずだ。…平たく言えば、「他人の気持ちになって考える」こと(※ナショナリズムの相対化?)が、ナショナリズムの時代には決定的に重要になってくる。(※内乱や戦争を起こさないために…)
・(この章で見たように)世界史の中でナショナリズムが高揚する時代は、帝国主義の時代と重なっている。…資本主義が発達して、グローバル化が進んだ末に、帝国主義の時代が訪れることは前章で説明した。→ 同時に、帝国主義の時代には、国内で大きな格差が生まれ、多くの人びとの精神が空洞化する。⇒ この空洞を埋め合わせる最強の思想がナショナリズムなのだ。
・新・帝国主義が進行する現在、ナショナリズムが再び息を吹き返している。…合理性だけでは割り切れないナショナリズムは、近現代人の宗教と言うことができるだろう。→ 宗教である以上、誰もが無意識であれナショナリズムを自らのうちに抱えている。…その暴走を阻止するために、私たちは歴史には複数の見方があることを学ばなければいけないのだ。

〔※う~ん、ナショナリズムは、近現代人の宗教か…。→ そしてそれは、私たちの〝精神の空洞〟を埋め合わせるようにしのび込む…。先日も、日本の若者が「イスラム国」に接触(?)しようとして、トルコで保護された、という事件があったが、この事例も、現代日本の若者の〝精神の空洞〟に、「イスラム国」がしのび込んできた、ということか…? → そして今後は、もっと多数の若者の〝精神の空洞〟に、日本の支配者層による「上から」の公定ナショナリズムが、様々な方策を駆使して、充てんされていく危険性…?〕

 (5/9…2章 了)            

〔今回のテーマは、民族主義(ナショナリズム)でした。次回(3章)は、最後の宗教を取り上げます。…それによって、現下の世界情勢を理解していくための、最低限の基礎的な知識を得ておこう、というのが当面のねらいです。〕

 (2016.5.9)
          

(震災レポート35)

(震災レポート35)

震災レポート・5年後編(1)
 ―[世界状況論 ①]


 昨年の9月に体調不良のため、[政治状況論①]の中野剛志『世界を戦争に導くグローバリズム』を、1章だけで中断してしまった。…その間(中断原稿の末尾に、政治学者・中島岳志の「リベラル保守」についてのインタビュー記事を追記したりしたが)、溜ってしまった未読本に目を通しているうちに、「震災5年」という一つの節目が過ぎて行った。そして、その時期に(急に増えた)メディアの「震災5年」報道などに触れていくうちに、本当に大事なのはこれからなのではないか(言い換えれば、この日本社会では、本質的なことは未だ何も始まっていないのではないか…?)という思いが強くなっていった。
 そこで、今回からタイトルを「拡張編」から「5年後編」とし、サブタイトルは、中断してしまった前回の内容を引き継ぐ形で、「世界状況論」とした。そして、取り上げるテキストは三案ほどあったのだが、二転三転迷った末、あの(外務省のラスプーチンと呼ばれた)佐藤優の著作でリスタートすることにした(その決め手となったことは後述)。



『世界史の極意』 
  佐藤優(NHK出版新書)
    2015.1.10(2015.2.25 5刷)
      ――[前編]


〔佐藤優(まさる)は1960年東京都生まれ。作家・元外務省主任分析官。…社会党員だった伯父の影響も受け、高校生の頃にマルクス主義に関心を持ち、社青同の同盟員となる。同時に、母親がプロテスタントのキリスト教徒だった関係で、子どもの頃から教会に通っていた。そして、大学は無神論について勉強したいと思い(熱心なキリスト教徒だった年上の彼女に振られたこともあって東京を離れ)、同志社大学神学部に進学。19歳のときキリスト教の洗礼を受ける。同大学院神学研究科修了後、外務省入省。2002年、国策捜査によって背任と偽計業務妨害容疑で逮捕され、512日間東京拘置所の独房に拘留される。09年6月執行猶予有罪確定。…『国家の罠』『獄中記』『自壊する帝国』など著書多数。〕

〔『日本の大問題「10年後」を考える』(集英社新書)という6人の講義録の本があるが、その中で佐藤優は、「最近の本で国際情勢を理解するには、中野剛志さんの『世界を戦争に導くグローバリズム』がイチ押しです。…例えば、ウクライナ問題に関して中野さんの書いたものは、私が今まで読んだものの中で最もすぐれています。西ウクライナに拠点を持つ民族主義者たち、ネオナチの危険性というものを非常に正確に捉えています。こういう本はとても役に立ちます」と述べている。→ この言葉が決め手の一つとなって、前回の「政治状況論①」の中断を、この佐藤優の著作によって引き継ぐことにした次第です。…また、もう一つの決め手としては、この著者が本書のねらいの一つを、「戦争を阻止すること」と述べていることです。〕


【序章】歴史は悲劇を繰り返すのか?
  ――世界史をアナロジカルに読み解く


○歴史をアナロジカルにとらえるレッスン

・ヒト・モノ・カネが国境を越えてめまぐるしく移動する現在、ビジネスパーソンには国際的な感覚が求められている。そのためには、(外国語を身につけるだけでは十分でなく)現下の国際情勢が、どのような歴史の積み重ねを経て成立しているのかを正確に認識し、状況を見通す必要がある。…それには、過去に起きたことのアナロジー(類比)によって、現在の出来事を考えるセンスが必要。
・「アナロジー(類比)」とは、似ている事物を結びつけて考えること。→ アナロジー的思考が身についていれば、未知の出来事に遭遇したときでも、「この状況は、過去に経験したあの状況とそっくりだ」と、対象を冷静に分析できる。


○「短い20世紀」に何が起きたのか

・本書でアナロジー的思考を訓練することのもう一つのねらいは、「戦争を阻止すること」(※「戦争を阻止する」というのは、まさに真の外交官マインドか)。…第一次世界大戦から100年を経た現在、ウクライナ問題やイスラム国の拡大など、「戦争の危機」を感じさせるような出来事が世界で起きている。
・1789年のフランス革命から1914年までの「長い19世紀」…理性を正しく用いれば、人間は無限に進歩していくことが素直に信じられた時代だった(啓蒙と進歩の時代)。…科学や産業が発達し、物質的にも豊かになっていったヨーロッパでは、自分たちこそ最も文化的に進歩した地域だと自負し、近代化をとげていない異文化の国々を「未開」や「野蛮」ととらえ、ヨーロッパが指導して、発達させなければならないという「ヨーロッパ中心主義」が、植民地支配を正当化していったのも、この時代だった(※今、そのツケが回ってきている…?)。→ しかし人類を待ち受けていたものは、無限の進歩ではなく、二つの世界大戦だった。…その意味で、第一次世界大戦は進歩の時代の終わりを告げるものだった。
・第一次と第二次の世界大戦(「20世紀の31年戦争」)の期間は、欧米の自由主義と民主主義が深刻な危機を迎えた時代だった。→ 第一次世界大戦中にロシア革命が起こり、1922年にソヴィエト連邦が結成される。→ 戦間期にはドイツでナチズム政権が生まれ、イタリア、日本もファシズム国家として自由主義陣営と対立する。→(1920年には、おそらく35ヵ国以上の立憲主義的な、選挙によってつくられた政府があったが)1944年には世界64ヵ国中のおそらく12ヵ国にすぎなかった。
・戦後は、東西冷戦の時代となるが、1991年のソ連崩壊によって、「短い20世紀」の終わりを見た(イギリスの歴史家ホブズボームの論)。


○「戦争の時代」は続いている

・しかし、1914年に始まった「戦争の時代」は今なお続いている。…「世界大戦」は終わっていない。→ ソ連崩壊の10年後、2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件、2003年のイラク戦争を皮切りに、現在のシリア内戦やウクライナ危機、イスラム国の脅威まで、人類が戦争や紛争をしなかった時期などまったくない。
・EU諸国も金融危機以来、社会は不安定化する一方…2014年の欧州議会選挙(EU28ヵ国)では、フランスの国民戦線、イギリスの英国独立党、デンマーク人民党など、反移民、反EUを掲げる極右勢力の議席が急拡大した。…英国ではスコットランド独立問題が生じ、ベルギーでも南北の対立が激化して、北部(フランドル地方)に独立の動きがある。
・日本を見ても、領土問題に関する近隣諸国との緊張は高まる一方…とりわけ尖閣諸島をめぐっては、誤解や挑発が引き金となって日中武力衝突に発展する危険性がある。…ごく一般的なビジネスパーソンでも、今の日本と世界に対して、きな臭さを感じているはずであり、その直感は正しいのだ。(※そして、さらに朝鮮半島にも〝きな臭さ〟が…)


○核兵器を使わずに戦争する「知恵」

・なぜ、第一次世界大戦から100年を経て、「戦争の時代」が再燃しようとしているのか。→ ウクライナ紛争やイスラエル軍によるガザ攻撃によって、核は抑止力として機能しないことがはっきりした。→ 人類は、核兵器を使わない範囲で戦争をする「知恵」をつけてきているのだ。…つまり、先進国であっても、2000人程度の死者が出る範囲の戦争なら、抵抗がないような状況がつくられつつある。(詳細はP16)
・安倍政権中枢や外務官僚は、自衛隊員の海外派兵を可能にする解釈改憲を本気で考えていた。→ 結果的に、公明党が連立与党に加わり、閣議決定の内容に制約を加えたために、集団的自衛権の実質的な行使には高い障壁ができたが、そもそも立憲主義の何たるかをわきまえていない安倍政権は、常に暴走するリスクを孕んでいる。(※う~ん、元外務省主任分析官も指摘する、安倍政権の危険性…)


○歴史の反復に気づくために

・このような状況にあって、知識人の焦眉の課題は「戦争を阻止すること」だ。→ そして、戦争を阻止するためには、アナロジカルに歴史を見る必要がある。…いま自分が置かれている状況を、別の時代、別の場所に生じた別の状況との類比にもとづいて理解するというアナロジー的思考は、論理では読み解けない非常に複雑な出来事を前に、どう行動するかを考えることに役立つから。
・「歴史は繰り返す」とよく言われるが、歴史が反復しているかどうかを洞察するためには、アナロジカルに歴史を見ることが不可欠だ。…(1章で詳しく見るように)現代は、19世紀末から20世紀初頭の帝国主義を繰り返そうとしている(ぼんやりとニュースを見たり読んだりしているだけでは、こうした歴史の反復に気づくことはできない)。→ 帝国主義の特徴や論理を知っていること、その知識を現代の状況と類比的に結びつけることではじめて、現代が帝国主義を繰り返していると洞察できるのだ。


○ヘイトスピーチの背景

・(現代がどのような時代であるかを完璧に説明することなどできない)→ そこで、過去の歴史的な状況との類比を考えることによって、現代を理解するという作業が必要になる。…この作業は、現在を理解するための「大きな物語」(社会全体で共有できるような価値や思想の体系)をつくることだとも言える。…「長い19世紀」の時代であれば、「人類は無限に進歩する」とか「民主主義や科学技術の発展が人々を幸せにする」というお話が「大きな物語」だ。
・ところが、民主主義からナチズムが生まれ、科学技術が原爆をつくるようになると(※「フクシマ以後」は「原発」も…?)、人々は「大きな物語」を素直に信じることができなくなる。→ とくに、私の世代以降(※50代前半以下?)の日本の知識人は、「大きな物語」の批判ばかりを繰り返し(※いわゆる「相対主義」論者?)、「大きな物語」をつくる作業を怠ってきてしまった。(※低成長の「成熟社会」というのは、大きくはないかもしれないが、「長い21世紀」の一つの物語にはなり得ると思うのだが…)
・その結果、何が起きたか……排外主義的な書籍やヘイトスピーチの氾濫だ。…人間は本質的に物語を好む。→ だから、知識人が「大きな物語」をつくって提示しなければ、その間隙をグロテスクな物語が埋めてしまうのだ。…具体的には、知識人が「大きな物語」をつくらないと、人々の物語を読み取る能力は著しく低下する。→ だから、「在日外国人の特権によって、日本国民の生命と財産がおびやかされている」というような稚拙でグロテスクな物語であっても、多くの人々が簡単に信じ込んでしまうようになる。(※う~ん、一定の説得力はあるように思えるが、因果関係がちょっと短絡的な印象も…?)


○私の方向転換

・2014年の日本と世界を見ると、(私自身も認識が甘かったし、私が考えている以上に)人類は愚かだった。…これまで私の歴史を読み解く方法は、いったん歴史を類型化(各国の文化をタイプ分け)し、それぞれの特性を探る(具体性と実証性にこだわる)、という読み方だった。…つまり「世界史は複数ある」…アメリカの視座から組み立てた世界史もあれば、日本の視座からの世界史もある。→ しかし、知識人が「大きな物語」をつくることを怠ってきたせいで(※輸入思想ばかり…?)、日本の視座から組み立てた世界史の影は薄くなってしまった。(※というより、日本の視座から組み立てた世界史といえば、過去には「皇国史観」だけ…?)
・そこで、自覚的に日本の「大きな物語」を再構築する必要を感じた。→ それを踏まえて、帝国主義的な傾向を強めていく国際社会の中で、日本国家と日本国民が生き延びる知恵を見いだしていくことを意図していた。←→ しかし現在の私は、それよりも、グロテスクな「大きな物語」の氾濫をせき止める物語を構築するほうが急務の課題だと認識している。(※う~ん、それだけ状況は悪化、切迫している、ということか…)


○日本が国際社会から孤立している理由

・2012年の第二次安倍政権発足以来、麻生太郎副総理が憲法改正のためにナチスの手口を学ぶことを肯定するような発言をしたことで、国際社会から非難の声が多数浴びせられた。…靖国参拝や慰安婦問題をめぐる政府の対応に対しても、「日本の右傾化」を危ぶむ海外の政治家やメディアが跡を絶たない。→ その結果、国際社会からの日本の孤立が進んでしまっている。
・安倍政権が日本の孤立を招くような対応を繰り返すのは、アナロジカルな思考や理解が欠如しているから。…ex. 慰安婦問題について欧米の人々は、「自分の娘や妹が慰安所で性的奉仕に従事させられたとしたら…」という思いでこの問題を見ている。←→ だから、(こうした類比的な思考を一切考慮せず)かつてはどんな国にも公娼制度があったと主張しても、国際社会からの理解を得ることはできない。…言ってみれば、安倍政権は、コンビニの前でヤンキー座りをして、みんなでタバコをふかしている連中と同じだ。仲間同士では理解しあえても(※劣化したお友だち内閣…)、外側の世界が自分たちをどう見ているかは分からない。…アナロジカルに物事を考える訓練をしていないと、外部の世界を失ってしまうのだ。
・資本主義(1章)、ナショナリズム(2章)、宗教(3章)……私の見立てでは、この三点の掛け算で「新・帝国主義の時代」は動いている。…その実相をアナロジカルに把握することが、本書の最終目標だ。→ そのことによって、現下の世界のあり方を正確に捉えて、「戦争の時代」を生き抜く知恵を歴史に探ることが、本書のねらいだ。


【1章】多極化する世界を読み解く極意
  ――「新・帝国主義」を歴史的にとらえる


(1)帝国主義はいかにして生まれるのか



○旧・帝国主義の時代

・「帝国主義の時代」…1870年代~第一次世界大戦…この時期、欧米列強が軍備を拡大させ、世界各地を自らの植民地や勢力圏として支配していった。
・主要国の資本主義が発展し、相互の競合が激しくなる。→ 将来の発展のための資源供給地や輸出市場(※今と同じか…)として、植民地の重要性が見直された。→ 不況と低成長(※これも同じ…?)が続いた1870年代以降には、本国と植民地との結びつきを緊密にし、まだ植民地となっていない地域を占有しようとする動きが高まった。
・この背後には、欧米諸国に、ヨーロッパ近代文明の優越意識と非ヨーロッパ地域の文化への軽視が広まり、非ヨーロッパ地域の制圧や支配を容易にする交通・情報手段や、軍事力が圧倒的に優勢であるという状況があった。→ 1880年代以降、諸列強はアジア・アフリカに殺到し、植民地や勢力圏を打ち立てた。…この動きが帝国主義。(※う~ん、植民地を発展途上国と読み替えれば、現在の状況とほとんど変わらないのでは…)
・イギリスは、1870年代にエジプトのスエズ運河の株式を買収し、インド帝国を成立させた。…フランスも、1880年代に植民地拡大政策をとり、アフリカやインドシナ半島を次々と植民地にしていく。…では、なぜ1870年代から帝国主義の時代に突入したのか…。


○重商主義の心理

・16世紀以降、資本主義は、重商主義 → 自由主義 → 帝国主義(独占資本主義)→ 国家独占資本主義 → 新自由主義…という形で変遷してきた。
・重商主義とは、16世紀に形成される絶対王政が実行した経済政策であり、国家が商工業を育成し、貿易を振興することをいう。…初期の重商主義は、他国の鉱山を開発して金銀を直接奪う重金主義。→ 次に、貿易黒字による貨幣獲得を重視する貿易差額主義。→ そして国内輸出産業の保護育成をする産業保護主義の段階へと移っていった。
・重金主義の代表はスペイン。…16世紀前半に、コルテスはアステカ帝国を征服し、ピサロはインカ帝国を滅ぼした。→ スペインは、征服したアメリカ中南部(※今のスペイン語圏?)で鉱山を経営し、金銀を直接獲得する。…現地のインディオに奴隷労働をさせて、発掘した金銀を自国に持ち込んだ(※ほとんど略奪か、ひでえもんだ…)。→ しかしスペイン王室は戦費と浪費で破産。…金銀も無尽蔵ではないので、結果的に重金主義は廃れていく。
・17世紀になると、重商主義の中心は外国貿易になる。つまり国家が輸出入を規制して、利益を吸い上げる。…これが貿易差額主義。ex. 東インド会社…国家が特許状を与えて、貿易を独占的に行う会社。→ イギリスが1600年、オランダが1602年、フランスが1604年と相次いで設立された。
・貿易が活発になると、輸出産業を保護する必要が出てくるため、国内産業を保護する産業保護主義が中心となる。…外国製品の輸入を禁止・制限したり、輸入品に高い関税をかけたりする(※今でいえば、円安誘導の為替操作か…)。
・こうした重商主義のポイントは、国家が経済に強く介入して国富を蓄積していくことにある。→ 重商主義の心理は、いわば漁民の心理…海に出れば、儲けることができる。…そこに国家がスポンサーになるのが重商主義。
・このような重商主義のメンタリティーを理解するのに最適な文献は『ガリバー旅行記』…ガリバーがなぜ大人国、小人国など、未知の国へ出かけたのか。→ 珍しいものを持ち帰って、それを売りさばいて利益を得たいから。(※う~ん、こんな読み方はしなかった…)


○イギリス覇権の時代

・この重商主義を最初に捨てたのは、いち早く産業革命が起きたイギリスだった。→ 産業革命によって、産業資本家が強くなってくると、国家の規制が邪魔になってくる。→ そこで彼らは自由主義的な改革を要求し、19世紀半ばには自由貿易を確立していく。
・この時期のイギリスは、圧倒的な海軍の力と経済力を持つ覇権国家だった。…富も生産力もチャンピオンだから、よけいな規制などない自由競争が一番有利(※今のアメリカは、TPPが有利…?)→ 同時にイギリスは、帝国主義の時代に先駆けて、市場を拡大するために、アジア、ラテンアメリカ、アフリカに対して、一方的に自由貿易の強要や植民地化を進めていく。
・しかし1870年代に入り、イギリスの圧倒的な力も翳りを見せるようになった。…繊維工業が成功していたイギリスは、技術革新による重化学工業への転換に遅れをとってしまった。
・重化学工業ではドイツのほうが成長がめざましかったが、さらに19世紀末になると、アメリカが世界一の工業国になる。→ この時期から、覇権国家であるイギリスの存在感は低下し、そしてイギリス主導の自由主義の時代は終わり、帝国主義の時代が訪れる。


○資本主義はなぜ帝国主義に変容したのか

・マルクスの『資本論』とレーニンの『帝国主義』との違い…『資本論』で考察されるのは、国家が市場に干渉しない純粋な資本主義の世界。←→ 『帝国主義』では、市場に介入する国家の機能が重視されている。…『帝国主義』のポイントは、独占資本が国家と結びついているところに帝国主義の特徴がある、ということ。

・レーニンによる帝国主義の五つの段階

① 資本の集積と集中によって、寡占(独占)が出現すること。……19世紀末に、技術革新によって重化学工業(製鋼・電気・化学・石炭・石油)が発展していくと、巨大な生産設備が必要になり、生産と資本の集積と集中、独占が進む。→ 大企業が中小企業を合併・吸収して、巨大企業による独占化が進んでいく。→ このような巨大企業は、国家に影響を与えるようになり、国家も外国との関係において、自国の資本を保護するようになる。
② 産業資本と金融資本の結びつきで、金融資本の優位がもたらされること。……同じことが銀行でも起こる。→ 中小の銀行が大銀行に組み込まれ、大銀行(銀行資本)は大企業(産業資本)との結びつきを強める。→ さらに大銀行が巨大企業の株主になることで、企業を傘下におさめてしまう。…レーニンは、株式の発行が金融分野における寡占を強めることを指摘しているが、証券市場が大衆化している現在の日本でも、機関投資家が圧倒的な影響力を持っていることは説明するまでもない(※金融資本主義か…)。
③ 商品輸出と区別された、資本輸出が重要になること。……資本輸出とは、外国の政府や企業に対して、借款、公債、社債などの形で資本を貸し付けたり(間接投資)、外国に工場や道路を建設したりすること(直接投資)。…間接投資の目的は、利子の獲得だが、多くの場合、貸し付けた資金で、自国の商品を購入することを条件にする。…また、帝国主義国の資本が外国に投資されるのは、現地の安い労働力、安い原料を用いて、利潤を獲得するため。→ 現在の日本政府も企業も、アジア諸国に資本輸出を積極的に行なっている。(※原発や新幹線などの輸出で、中国などと競っている…)
④ 多国籍企業が形成され、国境の制約から生じる資本間の軋轢を回避すること。……巨大企業が海外進出するようになると、国境を越えた多国籍企業が生まれる。…資源や労働力は国際的に不均等に存在しているので、より効率よく生産するために、多国籍企業が生まれる。→ 多国籍企業の形成によって、資本は国境の制約から自由になるが ←→ これは国家機能の強化とは逆行する働き(後述)。
⑤ 主要国による勢力圏の分割が完了していること。……国家が強力な軍事力を背景にして、世界を植民地や保護領、自治領などに分割していく、ということ。


○社会主義が資本主義の自己改革を促した

・レーニンの議論を読むと、資本主義がいかに変容していくか、その姿がよくわかる。…個人所有の会社 → 株式会社に発展 → 金融資本が中心になって帝国主義化…そこでは(商品ではなく)資本輸出が主流になる → さらに市場を求めて外国に進出 → 対外進出は帝国主義国どうしの対立を引き起こし、第一次世界大戦に帰結 → この大戦中(1917年)にロシア革命によって、ソ連型の社会主義体制ができたことで、資本主義も再び変容する。…具体的には、冷戦期の資本主義。
・帝国主義化した資本主義体制の国々は、戦後、社会主義革命を阻止するために、福祉政策や失業対策など、資本の純粋な利潤追求にブレーキをかけるような政策をあえてとるようになった。…利潤は多少減少しても、資本主義を守るためにはやむを得ない、というわけだ。
・つまり、国家という暴力が資本という暴力を抑え込み、結果として労働者の利益になるようなことをするのだが、(それは善意からではなく)資本主義システムを維持するほうが、国家にとって得になるからこそそうするのだ(※資本主義の本質は、あくまで資本の自己増殖にあり、国家の本質とは、その権力と既得権益の維持にある、ということか…)。…このような国家が資本に強く介入する資本主義を、マルクス経済学では「国家独占資本主義」という。
・実際、冷戦下の1950年代~1970年代にかけて、資本主義陣営は前例のない経済的繁栄を迎える。…この「黄金の時代」は、同時に福祉国家の時代でもあった。→ 国家の大規模な公共事業や手厚い社会福祉のもと、失業率は低下し、多くの労働者が豊かな生活を享受できるようになった。…日本の高度経済成長時代もこの時期に当たる(※この時代に戻れ、という論者もまだ少なからずいるようだが、これは「人口ボーナス」による、すべてが右肩上がりの例外的な時代だ、とする冷めた論者もいる…)。
・つまり、社会主義は、資本主義に対抗するものというイメージがあるが、結果から見ると社会主義は、資本主義の自己改革を促す役割をも担っていたのだ。
・しかし、ソ連崩壊によって東西冷戦が終結した1991年以降、状況は一変した。→ ここから、アメリカの覇権が完全に確立し、ヒト・モノ・カネが国境を越えて自由に移動するグローバル化が加速していく。→ 具体的には、福祉国家による行き詰まり(※財政危機?)から、「新自由主義」が主導権を握っていく。…新自由主義とは、(政府による社会保障や再配分は極力排し)企業や個人の自由競争を推進することで、最大限の成長と効率のいい富の分配が達成される(※今は幻となったトリクルダウンのこと…?)、と唱える経済学的な立場。
・1980年前後、イギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権、日本の中曽根政権といった、新自由主義的な政権が次々と誕生し、80年代を通じてこの新自由主義はグローバリゼーションと結びつきながら、巨大な格差を生み出し続けることになった。


○新・帝国主義の時代はいつから始まったのか

・しかし2000年代に入って、BRICsをはじめとした新興国の経済が急成長するにつれて、アメリカの存在感は低下する。…2001年の同時多発テロ事件、2008年のリーマン・ショックは、軍事と経済双方でアメリカの弱体化を世界中に知らしめることになった。→ この2008年あたりを境に潮目が変わり、「新・帝国主義の時代」に突入した。
・リーマン・ショックの直前、2008年8月にロシア・グルジア戦争が起きた(詳細はP47~48)。→ このロシア・グルジア戦争後、国際秩序が根本的に変化したと考える。すなわち、武力によって国境を変更しない、という国際ルールが、ここで綻びを見せたのだ。


○オバマ政権の「見えない帝国主義」外交

・2008年を境目として、世界が「新・帝国主義の時代」に突入したことの傍証は、いくつでも挙げられる。…中国による尖閣諸島、南沙諸島、西沙諸島の領有権の主張や防空識別圏の設定しかり。…ウクライナ危機やロシアによるクリミア併合しかり。…EU諸国もまた、旧宗主国であった東南アジアに次々と投資をし、影響力を強めている。
・オバマ政権も、目に見えない帝国主義の道を突き進んでいる。その象徴的な地域が南スーダンとミャンマー。…2011年に、石油資源が豊富な南スーダンを(中国と競って)独立させた(アメリカの傀儡国家)。…ミャンマーは、2012年にオバマ大統領が訪れてから、急に関係がよくなった。→ ミャンマーを親米国にすることで、中国を西側からインド洋に出られないようにし、イランからパイプラインを引くことも不可能にした。(※詳細はP49)


○覇権国家の弱体化が帝国主義を準備する

・以上の「旧・帝国主義の時代」から「新・帝国主義の時代」への流れの中のポイントは、自由主義の背後には常に覇権国家の存在(※世界の安全を保障?)があり、覇権国家が弱体化すると、帝国主義の時代(※群雄割拠)が訪れる、ということ。
・イギリスが覇権国家だった時代は、自由貿易の時代だった。→ しかしイギリスが弱くなると、ドイツやアメリカが台頭し、群雄割拠の帝国主義の時代が訪れる。→ その後、二回の世界大戦とソ連崩壊を経て、アメリカが圧倒的な覇権国家として君臨するようになる。→ しかし、同時多発テロ事件やリーマン・ショックを経て、アメリカの弱体化が明らかになると、ロシアや中国が軍事力を背景に、露骨に国益を主張するようになる。→ その結果、かつての帝国主義を反復する「新・帝国主義の時代」(※群雄割拠→部分戦争の危機)が訪れているのだ。


○新旧の帝国主義の相違点

・(かつての帝国主義とは異なり)21世紀の新・帝国主義は、植民地を求めない。…(それは人類が文明的になったからではなく)単に植民地を維持するコストが高まったから。…また、新・帝国主義は全面戦争も避ける傾向を持つ。全面戦争によって共倒れになること恐れるから(※さすがに二回の凄惨な世界大戦で、そのぐらいは学習したか…)。→ 植民地を持たず、全面戦争を避けようとするのが、新・帝国主義の特徴だ。
・しかし、新・帝国主義になっても、外部からの搾取と収奪により生き残りを図るという帝国主義の本質や行動様式は変わらない(詳細はP51~52)。→ つまり、帝国主義が(譲歩や国際協調を装っていても)再び牙を向く方向へ路線を変更する危険性が常にある、ということ。→ 相手国が弱体化し、国際世論の潮目が変わって、自国の権益を拡張する機会を常にうかがっているわけだ。(※う~ん、リアル・ポリティクス、パワー・ポリティクスの世界…まさに外務省主任分析官の領域か…)


○グローバル化の果てに国家機能は強化される

・(もう一つの重要なアナロジー)…帝国主義の時代に国家機能は強化される。…その大きな要因として、グローバル化が挙げられる。→ 19世紀後半もグローバル化の時代だった。…19世紀は「移民の世紀」とも呼ばれ、数千万人というかつてない規模の移民が生まれ(※今の移民とは方向が逆か…?)、国境を越えた資本の移動も活発になる。→ ところがグローバル化が進むにつれて、欧米列強は権益拡大のため独占資本と結びついて、力による市場拡大と植民地化を目指すようになった。→ 冷戦崩壊後も同じだ。
・冷戦崩壊以降、(経済のグローバル化が進む中で、国家の介入が一時は薄まったが)むしろグローバル化が極端に進んだ現在は、ベクトルは国家の機能強化に向かっている。…国家の生存本能からすると、グローバル化は自らの存立基盤を危うくする。→ なぜなら、グローバル資本主義が強くなりすぎると、国家の徴税機能が弱体化するから(ex. 多国籍企業の、法人税率の低い租税回避地(タックスヘイブン)を利用した税逃れ)。→ 各国とも国家機能の強化に傾いていく。(※なんと、各国の首脳たちも税逃れ! といま世界を騒がしている…)
・国家は、自己保存の機能を本質的に持っている。自己保存のためには、暴力を行使することも厭わない。…グローバル経済が浸透した結果、先進国の国内では格差が拡大し、賃金も下がっていく(※国内で搾取・収奪)。→ それによって国内で社会不安が増大するとき、国家は国家機能を強化(※国家防衛)する。…その意味で、グローバル化の果てに訪れる帝国主義の時代に、国家機能が強化されるのは必然といえる。(※アメリカや中国、そして日本でも、今の政治のトレンドが〝強い国家〟に傾いているのは、帝国主義の時代の兆候というわけか…)


○日本が武器輸出三原則を緩和した理由

・では、日本はどうか。…日本もまた、新・帝国主義の時代のプレイヤーであることに変わりはない。(その具体的な例)…武器輸出三原則の緩和によるオーストラリアへの潜水艦の売り込み(詳細はP55~56)。→ これが新・帝国主義の外交であり、このようにして新・帝国主義は、経済の軍事化と結びつくことになる。(※今の安倍政権の動きの構図が、とてもよくわかる…)


(2)資本主義の本質を歴史に探る


○すべては「労働力の商品化」から

・(「新・帝国主義の時代」をさらに深く理解するために、資本主義の本質というものを考えてみる)…資本主義の起源や本質について、首尾一貫して説明できているのは(著者の見立てでは)今のところマルクス経済学(及びその宇野弘蔵の解釈)だけ。
・マルクスは、資本主義社会の本質を「労働力の商品化」と考えた。→ 「労働力の商品化」には、二重の自由が必要。

①身分的な制約や土地への拘束から離れて自由に移動できること(契約を拒否できる自由を持っていること)。
②自分の土地と生産手段を持っていないこと(生産手段からの自由)。

→ こういう人はどうやって生活するのか。自分の労働力を商品化する、…つまり労働力を売って生活する(※賃労働)。
・では、そのときに労働力の価値である賃金は,どう決まるのか…それには三つの要素がある。

①(1ヵ月の賃金なら)労働者が次の1ヵ月働けるだけの体力を維持するに足るお金(食料費・住居費・被服費+ちょっとしたレジャー代など)。(※労働力の再生産)
②労働者階級を再生産するお金(家族を持ち、子どもを育てて労働者として働けるようにするためのお金)。
③資本主義社会の科学技術の進歩に合わせて、自分を教育していくためのお金。

…賃金は、以上の三つの要素によって決まる。…この考え方は、マルクスの最大の貢献だった。→ いまだに打ち破られていない重要な基礎理論。(※う~ん、これによれば、今の日本の「非正規雇用」の賃金の多くは、せいぜい①だけで、②や③の条件を満たしていないことになる…)


○なぜイギリスで「労働力の商品化」が起きたのか

・それでは、近代資本主義はいかに成立したのか。→ 労働力の商品化は、歴史的偶然によってイギリスで起きた。きっかけは、15~16世紀に起きた「囲い込み(エンクロージャー)」。
・この時期、ヨーロッパは大変な寒冷期。→ ヨーロッパ全域で毛織物の需要が急激に高まる。→ 大量の羊毛が必要になり、イギリスでは領主や地主が農民を追い出して、羊を飼い始めた(このとき、農地の周りを生け垣や塀で囲って牧場に変えたので「囲い込み」という)。→ 追い出された農民たちは、都市に流れていった。…彼らは、身分的制約がなく、土地や生産手段も持っていない(先ほどの「二重の自由」にあたる)。→ つまり、もう自分の労働力を売るしかない。そこで彼らは、毛織物工場に雇われていった。…これがイギリスで起きた「労働力の商品化」。
・例えば、1000円で労働者を雇って、1500円の儲けが出る。この差額の500円は資本家に入る。2000円の儲けが出れば、1000円が資本家の懐に入る。→ いくら儲けても、賃金は先述の三つの基準で決まり、それ以上のお金が労働者に分配されることはない。→ 賃金は、労働者階級の再生産に必要な額が支払われるだけであって、労働者の賃金は資本家からの分配ではないのだ。…これがマルクスの『資本論』のポイントだ。(※う~ん、繰り返すが、今の日本の「非正規雇用」の多くは、このマルクスの賃金の定義以下…)


○なぜスペインで資本主義が生まれなかったのか

・このように、労働力の商品化が成立すれば、資本家と労働者の間でそれ(労働力)を売買する資本主義システムが動き出す。→ そうして利潤は増えていき(資本の蓄積)、労働者が再生産されることで、資本主義が回っていくことになる。
・結局のところ、ある偶然的な事情でイギリスの毛織物産業だけで成立した事象が、他の産業も全部席巻してしまった。…それが近代資本主義の正体だと考えるのが適切。(※う~ん、イギリスの毛織物産業でというのは偶然だとしても、いずれどこかの国のなにかの産業で、この近代資本主義システムは動き出したであろうことは、必然だった、ということか…?)→ 従って、労働力の商品化が行われる限りにおいて、西欧諸国でも仏教国でもイスラム諸国でも、資本主義は成り立つ。…資本主義に普遍的な傾向があるのは、そのためだ。(※近代資本主義の正体とは「労働力の商品化」であり、そのことは普遍的な傾向をもつ、ということか…)
・では、旧ソ連や北朝鮮はどうなのか。…これらの国では労働力は商品化されていない。→ 北朝鮮には移動の自由がない(国からここで働けと言われたときに、それ以外のところで働く自由がない)。…旧ソ連でも同様だった。だから、労働力の商品化は行われていない。国家による強制労働があるだけだ。(※う~ん、社会主義国というより、前近代的な専制国家…)
・では、大航海時代にスペインとポルトガルは、新大陸から大量の金銀を奪ってきたのに、なぜそこから資本主義は生まれなかったのか。→ (いろいろな原因の中で最も重要な要素は)スペインやポルトガルの金持ちは、浪費した上に、最後は金銀を修道院や教会に寄進してしまったという点。…永遠の命を保証して欲しいとか、天国に入る権利が欲しいと言うと、カトリック教会はどんどんお金を受け取る。→ そのお金で、新しい豪華な教会を建てたり、飲み食いをしたりして消費してしまい、産業資本という形の富の蓄積がされなかった。(※旅番組などで見る、ヨーロッパの教会の豪華さ…タイの仏教寺院も豪華だったが…)
・スペインの後、海上の覇権を握ったオランダは、富を蓄積した。→ それでも地理的な要因で、資本主義の最先進国にはなれなかった。…もし当時のオランダが、羊の生存に適した羊毛産業のできる風土だったら、オランダで先に労働力の商品化が起きていたかもしれない。
・イギリスは、牧草を育てるのに適した土地があったことに加え、(スペインやポルトガルがカトリックの国であったのと異なり)カルヴァン派のプロテスタンティズムが入っていたため、独特のエートス(倫理)があり、禁欲的に富を蓄積してそれを再び投資に向けることができた。→ つまり、工場を建てて機械を導入し、商品化された労働力を買って、儲けを出す仕組みを生み出すことができた。


○インドのキャラコが産業革命を生んだ

・イギリスでは、重商主義が富の蓄積を可能にし、囲い込みが労働力の商品化を成立させた(しかし、これだけでは産業革命は起こらない)。…産業革命とは、技術革新によって機械での大量生産が可能になったことをいう。→ それは18世紀後半のイギリスの綿工業で始まった。
・16、17世紀のイギリスでは、毛織物が最も重要な産業だった。→ 潮目が変わったのは、1600年に東インド会社が設立され、インドとの貿易が始まってから。…インドからキャラコ(インド綿布)が輸入され、17世紀後半以降、イギリスで爆発的な人気になった(毛織物に比べて、軽くて吸湿性も高く、洗濯もしやすい)。
・国内の毛織物業者にとっては、キャラコは脅威となり、それが政治問題となって、議会はキャラコの輸入禁止の法律を制定したが、それが裏目に出て、よけいにキャラコは売れてしまった。
・キャラコに対抗するには、イギリスでも綿布をつくるしかない。しかもキャラコとの競争に勝つためには、大量に生産して安く売らなければいけない。→ このキャラコという外からの輸入品に勝つために始まったのが産業革命であり、紡績機や織機が次々に発明された。(※そして資本主義社会では、今も類似した経済事象が繰り返されている…)


○恐慌は資本の過剰から起きる

・いち早く産業革命によって圧倒的な工業力を持ったイギリスは、「世界の工場」と呼ばれ、19世紀半ばまで繁栄をほしいままにする。→ しかし、1873年に欧米がかつてない大不況に見舞われ、イギリスも倒産や失業が拡大。→ この大不況は、小さな恐慌を繰り返しながら、96年まで続く。
・不況だからモノが売れない。…この時期は、重化学工業が勃興する第二次産業革命の時代と重なるから、(レーニンが分析したように)生産と資本の集中が進み、独占資本主義になっていく。→ 巨大企業は国家と結びついて、海外市場や植民地を拡大しようとする(※今も国のトップ自ら、海外で自国産業の売り込みをやっている…)。つまり、1873年の大不況が引き金となって、欧米列強の帝国主義は急速に形成されていった。
・恐慌については、過剰生産説とか過少消費説とか様々な説があるが、一番説得力があるのは宇野弘蔵が唱えた資本の過剰説。
・資本主義経済の中では、モノがどんどん売れるようになると、どんどん生産する必要。…その場合、材料はすぐに買ってくることができるが、労働力商品(※生身の労働者)はすぐには買えない。→ 労働力の価値が高まるので、労働賃金が上がる。→ しかし、ある程度まで賃金が上がると、生産をしても儲からなくなってしまい、恐慌が起こる。…これをマルクス経済学の用語で「資本の過剰」という。…つまり、お金はあるけれども、労働力商品が高くつきすぎて、商品をつくっても儲からない(近代経済学で言うコスト・プッシュ)。→ 資本家は、労働者を雇わなくなったり、雇ったとしても倒産したりすることになる。
・その後、会社の中で頭のいい人がイノベーションを起こす。…いかにして労働力を使わないで、同じ商品をつくれるかと考え、機械化や生産工程の改良などで生産効率を上げようとする。→ このイノベーションを起こした会社は、その技術革新が普及するまでの短い期間は一人勝ちすることができる。→ その後、他社にも同様のイノベーションが広がっていくと、産業全体で生産性が上がるので、再び好況になる。…このように恐慌とイノベーションを繰り返して、資本主義があたかも永続するかのごとく続いていく。…これが資本主義社会の内在的論理(宇野理論)。
・恐慌は社会的な負担が大きいから、いかにして恐慌を避けるかが近代の資本主義の課題になっていく。→ 最も分かりやすい恐慌回避策は戦争。…アメリカで第二次世界大戦後、本格的な恐慌が起きていないのはなぜか。→ それはアメリカの公共事業に戦争が組み入れられているから。…朝鮮戦争、ベトナム戦争はアメリカの公共事業であり、それに協力した日本も、少なくともバブル崩壊以前は、恐慌に近い不況を経験していない(※もし朝鮮戦争がなかったら、あれほど世界に称賛されるような、短期間での戦後復興はなかっただろう…)(※そして今、これをアナロジカルに見ると、安倍政権は、安保法制のために解釈改憲を強行し、武器の輸出に道をつけ、着々と戦争という公共事業への道をつけようとしている…? これがアベノミクスの正体か…?)


○保護主義の台頭

・不況に見舞われたイギリスは、1870年から積極的に植民地拡大を目指すようになった。→ 1875年にスエズ運河の株式を買収し、エジプト植民地化の足がかりをつくった。→ 1877年にはインド帝国を成立させ、直接の支配下に組み込む。→ 19世紀末には南アフリカ戦争を仕掛け、南部アフリカ一帯を植民地化。
・ドイツとアメリカは、この不況に対して、関税率アップなど保護貿易を強化することで、自国産業の発展を推進する。→ その結果、工業生産ではイギリスを凌駕するようになった。さらに両国は、1890年代から海外進出を図っていく点でも共通している。
・帝国主義の時代に、保護主義が台頭することも、現代の新・帝国主義をとらえる上で有用なアナロジーとして使える。…現在、欧米の先進資本主義国は、(口先では「自由貿易体制の擁護」を唱えつつ)狡猾に保護主義への転換を図っている。…ロシアのプーチン首相はユーラシア共同体の創設を提唱しているが、これは大東亜共栄圏型の経済ブロック。
・TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)も本質はブロック経済。→ (アメリカが本気で自由貿易を追求するなら、世界的規模でWTO(世界貿易機関)システムを強化すればいいはず)…アジア太平洋という限定された領域に、TPPという特別のゲームのルールを適用させるという発想自体が、広域を単位とする保護主義だと考えたほうがいい。(※TPPの正体は、アメリカ主導の保護主義的なブロック経済…その〝異常な秘密主義〟のうさん臭さが、その証左…?)


○「戦争の時代」とドイツ問題

・1914年を起点とする「戦争の時代」というのは、結局ドイツの問題に帰着する。…西欧の中でドイツは後発の資本主義国だった。→ しかし、帝国主義の時代に入って、重化学工業の産業化に成功し、イギリスを超える工業国となった。→ さらに、1888年にヴィルヘルム二世が皇帝になると、海軍の大増強をはかり、イギリスとの「建艦競争」を展開する(強引な帝国主義政策)。
・それ以前のビスマルク外交のポイントは、フランスの孤立化だった(ex. オーストリア、ロシアとの三帝同盟。オーストリア、イタリアとの三国同盟…P75に地図あり)。…しかし、ビスマルクは海外侵略や戦争には消極的で、もっぱら外交によってヨーロッパの安定を図ろうとした。→ このビスマルク外交からヴィルヘルム二世の「世界政策」への転換が、その後のドイツの運命を大きく変えたと言っていい。
・イギリスとの軍拡競争の末に、第一次世界大戦に突入したドイツは、結局敗戦し、1320億マルクという多額の賠償金を課された。→ 第一次世界大戦後の戦間期にナチスが登場し、第二次世界大戦に突入するが、ここでも再び敗戦。→ そして東西ドイツ統一を経て、今はEUの実質的なリーダーとなっている。
・結局、20世紀の大きな課題は、ドイツという大国をどのように世界に糾合するのか、ということだった。→ しかし、EUができてもドイツの糾合には失敗している。…なぜならユーロ危機以降、経済的にはドイツだけが一人勝ちし、それ以外のヨーロッパ諸国とは利益相反になっているから。…その意味でも、「戦争の時代」である20世紀は、まだ終わっていないのだ。(※エマニュエル・トッドの『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』文春新書2015年、という本もあり…)


○新・帝国主義の時代に戦争は回避できるか

・19世紀末の旧・帝国主義は、戦争を回避することができなかった。→ では、現代の新・帝国主義においても世界戦争は不可避と考えたほうがいいのか。…レーニンは不可避と考える。←→ しかし、イギリスの経済学者ホブソンの『帝国主義論』(レーニンの『帝国主義』の種本)では、一定の条件で戦争は回避できると書かれている。→ そのシナリオは、帝国主義間の勢力均衡をめざすというもの。……ex. アングロ・サクソン連合、汎ゲルマン連合、汎スラブ連合、汎ラテン連合などの広域化した帝国主義国家連合を形成して、世界規模で勢力均衡をとる、というアイディア。…「キリスト教世界がこのようにそれぞれ非文明的属領を従者としてもつ少数の大連合帝国に区画されることは、多くの人にとっては現在の傾向の最も正当な進展であり、かつ、国際帝国主義の確実な基礎の上に、永久平和の最善の希望を提供するものと思われる」。…(※う~ん、当時では、アジア、アフリカ、アラブ、中南米などは、キリスト教世界に従うべき「非文明的属領」か…ものすごい〝上から目線〟…)
・この発想を、現下の新・帝国主義に適用することはできるだろうか。…具体的には、現在の世界が、ヨーロッパ連合、スラブ連合、アメリカ大陸連合、中東連合、アジア連合のような形で分割され、勢力均衡状態がつくられるか、ということ。→ そういった動きが顕在化していることは確か。…事実、EUとは「広域帝国主義連合」だが、経済的な優劣から見た場合、その本質はドイツ帝国主義。→ プーチンは、ユーラシア同盟を本気で構想している。(※中国・習近平の「一帯一路」はアジア同盟…?)
・ただし、その一方で、アメリカの覇権的地位が低下しているとはいえ、その軍事力は圧倒的。…(アメリカが全世界の警察となり、国際秩序の安定を導くというのは幻想だとしても)、アメリカが世界最強の軍事力を持つ国家であることを過少評価してはいけない(アメリカがアメリカ大陸だけの警察官になるようなことはあり得ない)。←→ しかし、そのアメリカですら、アフガニスタン、イラク、中央アジアの小さな国でさえ制圧することはできない。…この二つの現実を踏まえたところに、現在の新・帝国主義が置かれている状況がある。(※う~ん、いかにも元外務省主任分析官らしい分析か…)


○帝国主義時代の二つのベクトル

・帝国主義の時代には、必ず二つの異なったベクトルが働く。一つはグローバル化であり、もう一つは(先述したとおり)国家機能の強化。…グローバル化のベクトルは、経済的には(実物経済より)金融を優先する金融資本主義となって現れる。…19世紀末の帝国主義の時代もそうだった(レーニンの指摘)。
・グローバル経済では、企業も金融も巨大化していくから、組織も人も、少数の勝者だけしか豊かになれない(※1%対99%)。→ アベノミクスによる円安株高の恩恵を受けられるのは、巨大な輸出企業と金融資産を持っている富裕者層に限られるのと同じことだ。→ そうなると、労働者階級の再生産もできなくなる。つまり、貧乏人は結婚も出産もできない(※当方も孫ができそうにない…)。→ 貧困の連鎖が続き、中産階級が育たないので、国力も低下する。
・いま最も懸念しているのは、現在の日本が、明治維新以降、初めて教育の右肩下がりの時代に突入してしまったこと。…ex. OECD(経済協力開発機構)加盟25ヵ国で、日本の教育関連費は最下位(2013年度)だった。…その理由は明白で、教育システムに新自由主義が組み込まれてしまったから(※う~ん、最下位とは…)
・(失われた20年でデフレから脱却できないなか)学費だけは上がり続けた。→ そのため、今の親世代は自分が受けた教育を、子供に与えることが難しくなっている。…質の面でも、効率性を求め過ぎるあまり、巨視的に物事をとらえる教養(※人文系)はほとんど身につかずに、高等教育を終えることになる。(※文科省は、人文系をなくしたいらしい…)
・この状態が続けば、高等教育の初期段階で頭脳流出が生ずる可能性も低くない(ヨーロッパの高等教育機関は外国人を含めて奨学金が充実)。→ 少子化の中で頭脳流出が起きれば、国力は必ず弱る。…国内で待ったなしの問題は、教育と移民だというのが私の考えだ。(※う~ん、教育と移民が待ったなしの問題か…。移民には「国内移住」の問題も含まれるのか…?)


(3)イギリスの歴史教科書に帝国主義を学ぶ


○金融資本主義に対する三つの処方箋

・19世紀末から戦間期にかけて、金融資本主義が引き起こした貧困や社会不安に対して、大きく三つの処方箋が提出された。
① 外部から収奪する帝国主義……イギリスが植民地主義の拡大に踏み切ったのは、不況に見舞われ、国内に貧困問題や社会不安を抱え込んでいたから。→ 「貧民による内乱を欲しないならば、われわれは帝国主義者とならなければならない」(セシル=ローズ)…イギリス帝国主義は、外部を収奪することによって、国内問題を払拭できると考えていたわけだ。
② 共産主義という処方箋……社会主義革命を起こし、資本主義システムを打倒すること(ハード・ランディング)で、社会問題を一挙に解決する。→ この処方箋が失敗に終わったことは、歴史が証明済み。(※う~ん、本来の「社会主義」は、まだ試されてはいない、という少数意見もあるが…。確かに「一挙に解決」というのはないだろうが…)
③ ファシズム……ファシズムとナチズムがまったく異なるものであることに注意。…ナチズムは、アーリア人種の優越性というデタラメな人種神話でつくられた運動。←→ それに対して、1920年代にイタリアのムッソリーニが展開したファシズムは、共産主義を否定すると同時に、自由主義的資本主義がもたらした失業、貧困、格差などの社会問題を、国家が社会に介入することによって解決することを提唱した。→ 国家が積極的に雇用を確保し、所得の再分配をする。…ムッソリーニが「イタリア人のために頑張る者がイタリア人」と言ったように、ファシズムは、人々を動員することで、みんなで分けるパイを増やしていく運動なのだ。
(※う~ん、「ファシズム」という言葉は、もはや負のイメージが付いてしまっているので、別の言い方のほうがいいような気がするが…)
・これら三つの処方箋のうち、(②共産主義革命には現実性がないから)日本の選択は、①帝国主義と、③ファシズムを、織り交ぜて、アイロニカルに述べるなら、「品格ある帝国主義」を志向…ということになるだろう。(※今の日本の政治は、「品格のない」ものばかり…)


○ゲシヒテとヒストリー

・「品格ある帝国主義」を学ぶ上で、絶好のテキストはイギリスの歴史教科書。…歴史教科書を読み比べることには、歴史の立体的な理解に役立つことと、その国の内在的論理を把握できるという重要な意義がある。
・教科書には、その国が生徒にどの程度の知識水準を求めているのか、あるいは、国家がどのようなスタンスで教育に取り組んでいるのかが明確に表れている(ex. ロシアの歴史教科書には、ロシアの立場を正当化する価値観が強く出ている…詳細はP70~74)
・歴史にはドイツ語で「ゲシヒテ(Geschichte)」と「ヒストリー」という二つの概念がある。…「ヒストリー」は、年代順に出来事を客観的に記述する編年体のこと(日本の歴史教科書はこれ…)←→ 「ゲシヒテ」は、歴史上の出来事の連鎖には必ず意味がある、というスタンスで記述がなされる。…ex. 歴史とは、啓蒙によって高みへと発展していくプロセスである(※進歩史観?)という視点で記述される。…ロシアの歴史教科書は、ソ連崩壊後の国家統合の危機を克服するために、確固としたロシアの物語を打ち出すゲシヒテ。


○失敗の研究

・では、イギリスの歴史教科書はどうか。…『帝国の衝撃』というタイトルの教科書(11~14歳までの中等教育向け)で、扱われているのは、アメリカへの植民から植民地経営を断念する「帝国の終焉」までの時代であり、イギリスによる帝国経営に焦点を絞った構成になっている。
・内容も非常にユニーク。…ex. インド提督(マウントバッテン鄕)に、「インドから撤退することをすすめる手紙を書くこと」が課題として求められている。→(生徒に網羅的な知識を身につけることを要求せずに)徹底的に考えることと書くことを求めているのだ。…こうした視点からの問いが随所に見られる。
・さらにユニークな例を挙げると、終章では「なぜ支配された人々の視点から書かれた章がないのか」といった、想定される批判の声がいくつか紹介されている。→ つまり、教科書の編者自身が教科書のあり方を相対化しようとしている。(※う~む、これは日本の教科書は、負けている…)
・これらの例からも分かるように、この教科書は徹頭徹尾、イギリス帝国主義の「失敗の研究」という点に重心が置かれている。⇒ 旧・帝国主義による植民地は、世界中に災厄をもたらし、憎しみを残した。…なぜ、イギリスは誤ってしまったのか。…一見、「自虐史観」のようだが、そうではない。(※う~ん、この「失敗の研究」こそ、われわれ日本人に最も欠けているものではないのか…先の大戦しかり、原発事故しかり…)
・イギリスも、現在の国際社会が帝国主義のゲームの渦中にあり、否応なくそこに巻き込まれていることを認識している。…しかし、かつてのように植民地主義による帝国主義モデルは失敗することも、強烈に自覚している。→ だからその失敗の歴史を通じて、新・帝国主義の時代のイギリスのあり方を構想することを、教えようとしているわけだ。(※すぐに〝自虐史観〟というコトバを持ち出して、内省することを封じようとする者たちの、レベルの低さ…)


○イギリスの歴史認識に学べ

・イギリスの歴史教科書もゲシヒテだが、ロシアのそれとは正反対の方向を向いている。→ 歴史認識としては、イギリスのほうが強い。なぜなら、自らの弱さを自覚した上で、新・帝国主義の時代への対応を模索しているから。(※う~ん、このことは、今回の震災後の課題にとって、そして、戦後日本の問題や弱点にとっての、重要なヒントになるのではないか…)
・日本の教科書は、価値観をほとんど出さず、必要な要素を漏らさないような記述になっている(ゲシヒテではなくヒストリー)。→ そしてこのことが、現在の日本人の歴史認識において、両刃の剣となっている。……戦後の平和教育(※非武装中立か…)は、東西冷戦下の枠組みで行われてきた。→ そのため、冷戦終結とともに、その有効性は失われてしまった(※確かに説得力が薄れてきたせいか、国民のコンセンサスはかなり揺らいできているよう…)。
・そもそも、この段階(冷戦終結)で、単なるヒストリーを超えた、歴史教育の新たな方向性を模索するべきだった。←→ しかし、知識人はその作業を怠ってしまった。→ その結果、(序章でも述べたとおり)いまや貧困かつ粗雑な歴史観が跋扈し、それがヘイトスピーチや極端な自国至上史観として現れている。
・だからこそ、私たちは歴史をアナロジカルに捉えなければならない。…日本の歴史教科書を読めば、最低限必要な基礎知識は身につくだろう。←→ しかし、その知識をほかの知識と結びつけて理解し、現状を正確に把握することは、訓練なしにはできない(※確かに、試験が終わったらみんな忘れてしまう…)。→ イギリスの歴史教科書は、獲得した知識をアナロジカルに活用するための格好の書だ。(※このことは原発問題にも類比できるのではないか。→ すなわち、「安全神話」から「失敗の研究」へ…)


○品格ある帝国主義とは何か

・日本もイギリスと同様に、新・帝国主義のゲームに巻き込まれている。…中国、韓国との摩擦が激しさを増し(※北朝鮮という前世紀の遺物のような国もある…)、経済的凋落は今なお止まらない。…そして、日本もまた帝国主義国だ。…なぜなら、19世紀の終わりまで、独立した政治体制を持っていた琉球王国を、沖縄県として編入した歴史を持つから(琉球処分)。
・歴史的に、本土と沖縄は天皇信仰を共有していない。沖縄のメディアと本土のメディアの報道内容もまったく異なる。→ 多くの日本人はこの違いに鈍感なため、沖縄も本土の延長上に考え、均質な日本人の一部だと考えてしまう。…つまり、宗主国としての自覚をまったく欠いているのだ。→ 自覚がないために、米軍基地をめぐって、本土の人間が沖縄に強いていることにもまったく気づくことができない。…それでは品格のある帝国主義とは言えない。(※確かに、安倍政権には「品格」というものがまったく感じられない…)
・品格のある帝国主義とは、先述のとおり一種のアイロニーだ。…日本は帝国主義国なのだから、均等な国民国家と思ってはいけない。→ 沖縄という外部領域があるわけだ。…帝国主義国は外部領域を構造的に差別してしまうのだから、せめて帝国主義国らしいアファーマティブ・アクション(※積極的差別是正措置、被差別集団に対する優遇政策)をきちんと行うべき。←→ いくらなんでも、国土面積の0.6%に74%の米軍基地があり、その上に追加して新基地を造るのはやりすぎだろう。→ 外部に与える痛みを極小にして、日本国家の利益を図る。…そういう意識を持つことが、品格のある帝国主義への第一歩だ。(※この著者の母方のルーツは、沖縄にあるらしい…)
・その上で、経済的には再配分を行い、健康で文化的な生活、今後の技術発展に対応できる職業教育、家族を持ち子供を育て、次世代の労働者を育成すること(※生活の基本)。…そして、それができる所得を国民に保証すること(※政治の基本)。
・帝国主義国であることを自覚するとは、自らの手がもう汚れていることを自覚することだ。…だから「品格のある帝国主義」という言い方自体が、アイロニーにほかならない。⇒ アナロジー(類比)やアイロニー(皮肉・反語)は、「見えないもの」を見る力だ。…「戦争の時代」を準備してしまった帝国主義と同じ過ちを繰り返さないために、歴史からアナロジーやアイロニーを引き出す力が求められている。

〔1章の末尾に、「資本主義」「帝国主義」を考えるための本として、水野和夫氏の『資本主義の終焉と歴史の危機』(「レポート」29,30を参照)が挙げられている。そして、以下の推薦文が添えられている。…「利子率の歴史的な変化を指標にして、資本主義の死期が近づいていることを平易な言葉で見事に解き明かしている。グローバル資本主義がもたらす中産階級の没落を、民主主義の危機として読み解く視点も鋭い。」〕

 (4/14…1章 了)            

〔今回のテーマは、資本主義でした。次回(2章)は、民族問題(ナショナリズム)を取り上げる予定です。…前回のように中断しないよう、努力します。〕

〔追記……昨日、行きつけの書店で以下の本を見つけ、(誕生日にもらった図書券で)即購入してしまった。

①『戦後政治を終わらせる』―永続敗戦の、その先へ―  (NHK出版新書)2016.4.10 
②『福島第一原発 メルトダウンまでの50年』―事故調査委員会も報道も素通りした未解明問題―
  明石書店 2016.3.11 

…①の著者は、ベストセラーの『永続敗戦論―戦後日本の核心』(石橋湛山賞、角川財団学芸賞)を書いた白井聡で、本書の目的は「完全な行き詰まりに陥った戦後日本政治を乗り越えるための指針を導き出すこと」とのこと。
…②の著者は、烏賀陽(うがや)弘道で、レポート⑤の『報道災害【原発編】』とレポート⑳の『原発難民』の著者。…本書の内容は、福島第一原発の「失敗の研究」ということになります。
→ 今後の「5年後編」の展開にとって、欠かせない二冊になりそうです。…(また未読本が増えてしまったが)…〕



 (2016.4.14)

(震災レポート34)

(震災レポート34)
震災レポート・拡張編(14)―[政治状況論 ①]

 今回は、政治経済学が専門の若手評論家・中野剛志の経済学(ex.『日本防衛論』)を取り上げる予定だったが、現在の切迫した政治状況に突き動かされるような形で、日本を取り巻く世界の政治状況を分析した著作の方を取り上げることになってしまった。…今夏の記録的な暑さの中で、(苦手な経済論よりさらに苦手な)政治論と格闘し、何度もギブアップしそうになりながら、(ここで挫折したら、この「震災レポート」が中途で頓挫してしまう、という思いで)なんとか再起動し、ようやくワープロ打ちを始めるところまで辿り着いた。…これまでは、共感できた著作だけを取り上げてきたが、今回は初めて、批判的ながら評価せざるを得ない著作を扱うことになる。従って、これは、そのささやかな悪戦苦闘の記録ということになる。
                                        

『世界を戦争に導くグローバリズム』 
   中野剛志(集英社新書)2014.9.22
                          ――[前編]


〔著者は1971年生まれ。評論家。専門は政治経済学、政治経済思想。東大教養学部卒業後、通産省に入省。エディンバラ大学より博士号取得。元京都大准教授。…著書に『TPP亡国論』(20万部を超えるベストセラー)、『官僚の反逆』『日本防衛論』『資本主義の預言者たち』、共著に『グローバル恐慌の真相』『日本破滅論』『グローバリズムが世界を滅ぼす』など多数。〕


【はじめに】日本が戦争に巻き込まれる日

・ここ最近の国際秩序の変調……東シナ海および南シナ海においては、中国による挑発的な行動が止まらない。シリアやエジプト、イラクなど中東の混乱は、収拾がつかない。そして、ロシアによるクリミアの奪取に対しては、なすすべがない。…しかも、こうした秩序の不安定化は、世界各地において、ほぼ同時多発的に起きている。→ いったい、この世界に何が起きているのか。そして、それは日本にどのような事態をもたらすのか。…それを明らかにするのが本書の目的である。
・今日の世界で展開されているパワー・ポリティクスのダイナミズムを描くと、恐るべき現実が見えてくる。…それは、冷戦終結後のグローバル化が失敗に終わり、国際秩序が崩れて戦争が多発する世界になりつつあること、そして日本もまた戦争に巻き込まれようとしているということである。
・昨今の集団的自衛権を巡る論争で、その行使に反対する論者は、アメリカが行う戦争に日本が巻き込まれると主張する。←→ (本書の主張はそうではなく)アメリカの戦争に日本が巻き込まれるようなことは、むしろ起きにくくなった。…なぜなら、アメリカは、もはや「世界の警察官」として積極的に武力行使を行えるような覇権国家の地位を失いつつあるからだ。…それこそが、本書の中核となる主張である。〔※引くアメリカ、出る日本…?〕
・では、なぜ日本が戦争に巻き込まれることになるのか、→ アメリカが覇権国家ではなくなると、「世界の警察官」として東アジアの安全保障を確保できなくなるので、日本は戦争に巻き込まれる。…その際、戦争を仕掛けてくると想定されるのは、言うまでもなく中国だ。〔※う~ん、アメリカの「後方支援」ではなく、日本と中国が直接ぶつかる、ということか…?〕
・集団的自衛権の行使は、日米同盟を深化させるものと位置づけられている〔※確かに安倍政権の狙いはそうだろう。宮台真司言うところの「アメリカのケツ舐め外交」か…〕。←→ だが、肝心のアメリカが、日本を守ることができなくなっているのだとしたら、日米同盟の深化には何の意味もないことになってしまう。
・そのため、集団的自衛権の行使や日米同盟の深化を唱える保守系の論者の多くは、アメリカが「世界の警察官」たり得なくなったことを認めることができない。…政権が代われば〔※共和党?〕、強いアメリカが復活するはずだ、というように。→ 日本は、日米同盟に依存した安全保障政策という、戦後の基本路線を継続し、集団的自衛権の行使容認によって、その基本路線をより強化していく。→ そして、強化された日米同盟は、これまでどおり、日本の安全を保障するものとなろう、というわけだ。
・だが、本書の分析結果は、そうではない。→ この戦後の安全保障政策の基本路線を継続・強化したとしても、中国による武力攻撃を抑止できないという可能性は、これまでになく高まっているのだ。…そして、そうなるに至った根本原因は、グローバリズムという思想の過ちにある。〔※う~ん、この著者の基本は〝中国脅威論〟か…?〕


【1章】「危機の二十年」再び――グローバリズムと戦争

○覇権国アメリカの凋落と世界秩序の崩壊

・(2012年12月に公表された)アメリカの「国家情報会議」の重要な報告書(「グローバル・トレンド2030」)の一節…「1815年、1919年、1945年、1989年のような、先行きが不透明で、世界が変わってしまう可能性に直面していた歴史的転換点を、現在の状況は想起させる」…1815年とは、ナポレオン戦争が終結し、イギリスが世界の覇権国家としての第一歩を踏み出した年。…1919年とは、第一次世界大戦が終結し、イギリスが覇権国家としての地位を失った年。…1945年は、第二次世界大戦が終結し、これ以降、東西冷戦時代となり、ソ連とアメリカが東西の覇権国家として君臨した。…1989年は、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終結した年。〔※戦争が終わると、世界の覇権が動く、というパターンか…?〕
・国家情報会議は、現在の世界が、こうした世界史の一時代を画する(覇権国家の興亡を決定づけた)年に匹敵する一大転換期にあると述べている。…つまり、現在、冷戦終結後に形成された世界秩序(アメリカ一極体制)が崩壊しようとしている。→ そして、2030年までに、アメリカは覇権国家としての地位を失うだろう。…アメリカ政府自身が正式にそれを認めたのだ。〔※その大転換の契機は、やはりイラク戦争…?〕


○アメリカ一極主義とグローバリズムのポスト冷戦体制

・(冷戦以後の世界の流れ)…アメリカは唯一の超大国として、理想とする(政治的な自由主義、民主主義、法の支配、経済的な自由主義といった価値観に基づく)新たな世界秩序の建設に乗り出した。…ex. コソボやソマリアの紛争に対して、人道的介入を行った(従来の国際秩序の基礎にあった主権国家という枠組みを踏み越えて、他国に介入するという野心的な試み)。→ 人道という普遍的な価値が、国家主権という規範の上位に立つ秩序の建設を、アメリカは目指したのだ。〔※う~ん、この著者は、アメリカには批判的な立場のようだが、国家主権VS普遍的な価値という二項対立は、世界史の現時点でのアポリア(難問)の一つか…〕
・さらに2001年、9・11テロに対して、「テロとの戦い」を掲げ、さらには中東諸国の民主化を企てる、という途方もないプロジェクトに乗り出した〔※う~ん、このイラク戦争の場合も、軍産複合体の利益という不純な動機が見え隠れするが…〕。…経済面においても、アメリカはWTO(世界貿易機関)の設立を主導し、経済自由主義に基づく国際経済秩序(※グローバリズム)の建設を目指した(各国固有の制度や国内事情に配慮していた従来のGATT(国際関税協定)の枠組みを踏み越え、経済自由主義的な一律の制度によって各国の経済的な国家主権を大幅に制限しようとする急進的なもの)。→ IMF(国際通貨基金)や世界銀行も、同様の動き(開発途上国に対して、融資の条件として、貿易や投資の自由化、民営化、規制緩和などを推進)。
・こうしたアメリカの経済面における一極主義は、いわゆるグローバル化をもたらした。…グローバル化とは、(歴史や市場の法則に従った潮流などではなく)アメリカという覇権国家による一極主義的な世界戦略の産物なのだ。〔※これは、この著者の主張の肝の一つか…〕
・アメリカは、冷戦終結後の中国に対しても一極主義的な戦略で臨んだ。…中国がグローバル経済に参加して経済的繁栄を享受するのを支援し、その代わりにアメリカが圧倒的な優位に立つアジア太平洋の秩序を認めさせるという戦略。→ その結果、中国は世界市場における生産拠点として有望な投資先となり、グローバル化は加速した。〔※そして中国の今の姿…〕


○グローバル化の加速とイラク戦争で頓挫したアメリカ一極主義

・しかし、冷戦終結からおよそ20年して、アメリカのこの世界戦略は、完全に行き詰まってしまった。→ まず、2003年に「中東の民主化」を大義として開始されたイラク戦争が手ひどい失敗に終わり、アメリカの国力と威信を大きく傷つけた〔※このイラク戦争の失敗は、いま欧州全体を悩ましている、中東からの大量の難民流入問題にまで尾を引いている…〕。
・その一方で、2000年代半ばより、中国が軍事的にも経済的にも大国として目覚ましく台頭し、東アジアにおけるアメリカの優位を脅かすようになった(そもそも中国のグローバル化を支援し、成長させたのはアメリカだった)。…アメリカは、中国をグローバル経済に統合し、経済的繁栄の恩恵を与えれば、中国がアメリカ主導の国際秩序を受け入れるものと考えていた。←→ しかし実際には、中国は東アジアにおけるアメリカの覇権に挑戦するようになり、そして、国際秩序の不安定要因と化した。〔※今まさに、経済的にも政治的にも不安定要因…〕
・このように2000年代に起きた大きな変化は、いずれも冷戦終結後のアメリカの一極主義的な世界戦略の失敗を意味するものだった。→ こうして政治的な一極主義が頓挫する一方で、経済的な一極主義であるグローバル化もまた、挫折を迎えることとなった。…資産バブルとその崩壊(サブプライム危機)、そして世界金融危機。→ その結果、アメリカは、巨額の政府債務と民間債務、経常収支赤字、不安定な金融市場、低い成長率、高い失業率、そして異常な経済格差が残されたのだ。〔※ここまでの現状分析に、とくに異論なし…〕


○グローバル覇権なき多極化の時代へ

・(「グローバル・トレンド2030」の2030年に向けた世界予測)…まず、アジアはGDP(国内総生産)、人口規模、軍事費、技術開発投資に基づくパワーにおいて、北アメリカとヨーロッパを凌駕する(中国、インド、ブラジル、コロンビア、インドネシア、ナイジェリア、南アフリカ、トルコがグローバル経済にとって重要となる)。←→ 他方で、ヨーロッパ、日本、ロシアは、相対的な衰退を続ける〔※う~ん、アメリカは、日本は衰退と見ているのか…〕。→ 1945年以降に米国主導で築いた「パックス・アメリカーナ」の世界秩序は、急速に消滅していくだろう。…2030年のアメリカは、諸大国のうちの「同輩中の首席」の地位にとどまっているだろう。
・ここで着目すべきは、「グローバル・トレンド2030」が、2020年代に中国がアメリカを抜いて、世界最大の経済大国となると予測していること。…(ただし、中国が実際にそうなるかではなく)アメリカがそういう可能性を念頭において、今後の外交戦略を決めていくであろうことが重要なのだ。

〔※エマニュエル・トッドは、中国は幻想の大国で、経済的にも軍事的にも「帝国」ではない、と言っているが……その根拠は、中国の経済的発展が自発的なものではなく、欧米や日本に依存したものであること。それも、中国の膨大な人口を安価な労働力として西洋のグローバル企業が利用してきたこと(西洋のグローバル企業と中国の支配層との一種の利益共同体)。また、軍事的に見ても、軍事技術で非常に遅れをとっていること(※意外と近代化している、という説もあるが…)。さらに、猛スピードで少子高齢化が進んでいるが、年金をはじめとする社会保障制度が未整備なので、それが近い将来に、社会不安を増大させるであろうこと。また経済的には、国家主導の(旧ソ連式の)経済運営で、GDPの内容も(不動産など)設備投資が過剰で、個人消費が弱く、外需依存型(輸出頼みの不安定な経済構造)。そして、恐るべき速さで進んだ経済成長がもたらした、富裕層と貧困層との非常に大きな格差が、深刻な社会問題になるであろうこと。さらに、教育水準の問題で、高等教育への進学率がとても低く、高等教育には進まない層がマジョリティーを占めていて、この状態は、どこの国でもナショナリズムが激しく燃え上がる危険性を秘めていること。→ そして日本にとって大事なことは、中国との関係において、こうしたナショナリズム的な対決の構図に入らないこと。逆に日本は、中国に対して何らかの助け舟を出す用意をしておく必要があると思う。中国の指導者は口にこそ出さないが、苦境に立たされているのは明らかだから。こういった時にこそ、中国を支援するべきなのだ(困惑し始めた中国の姿を見て、日本は喜んでいるようではいけない)。…中国は不安定で問題の多い国だが、巨大な国だ。中国経済がダウンすれば、世界中が大きなダメージを受けてしまう。それは何としても避けなければならない(※情けは人の為ならずか…)。…このように、大変有益と思われる助言をしてくれるトッド氏だが、他方では、アメリカとの集団的安全保障の法制化を支持し、日本自身の防衛力の強化が不可欠だ(日本は、巨大な中国に対して、科学技術上、経済上、そして軍事技術上の優位性を保ち続けていかなければならない)……といった、安倍政権が泣いて喜びそうなことにも言及しているのは、複雑な気持ちにならざるを得ない。……詳細は「文芸春秋」2015年10月号〕

〔本書に戻る〕

・海洋秩序については、次のような未来予想図を描いている。…グローバルな経済のパワーはアジアに移り、古代の地中海や20世紀の大西洋のように、インド・太平洋が21世紀の国際海上交通の中心となる。←→ 世界の主要なシーレーンに対するアメリカの海軍覇権は、(中国の外洋海軍の強化に伴って)消滅していく〔※確かに、いま中国は着々と手を打っているように見える…〕。→ つまり、2030年までに、世界はグローバル覇権国家の存在しない多極化した構造となるのだ。〔※う~ん、Gゼロの世界か…〕


○アメリカが描く中国台頭後のシナリオ

・東アジアの秩序について、「グローバル・トレンド2030」が想定する四つのシナリオ。

①アジア地域へのアメリカの関与が継続し、現在の秩序が今後も維持されるという、現状維持のシナリオ。〔※アメリカの衰退により、「現状維持」は、もはやあり得ない…?〕
②アメリカのアジア地域への関与が減少し、アジア諸国がお互いに競合し、勢力均衡が生まれるという、多極化のシナリオ。〔※アジアで「勢力均衡」もあり得ない…?〕
③中国が政治的に自由化し、多元的で平和愛好的な東アジア共同体が成立するという、いささか楽観的なシナリオ。〔※これが理想なのだろうが、この著者によれば、最もあり得ない…?〕
④中国が勢力を拡張し、東アジアにおいて、中国を頂点とした他の地域に対して排他的な「華夷秩序」が成立する、というシナリオ。〔※最悪だが、大規模な戦争リスクは減少…?〕

・世界全体の将来について、最悪のシナリオは、アメリカやヨーロッパがより内向きとなり、「世界の警察官」が不在のまま国家間紛争のリスクが増大すること〔※不安定な多極化…?〕。←→ 逆に最善のシナリオは、アメリカと中国が協力し、様々な問題に対処すること。
・つまり「グローバル・トレンド2030」は、米中が協力関係を構築するというシナリオを「最善」としている。→ アメリカ政府の正式の情報機関が、アメリカの覇権の終焉と米中協力の可能性を認めるようになっていることの意味は、極めて重い。〔※日本は衰退するわき役…?〕
・1989年から約20年続いた、アメリカ一極主義に基づく国際秩序は崩壊し、世界は多極化していく。→ アメリカは、世界を制するグローバル覇権国家としての地位を失い、中国が東アジアの覇権国家として台頭する。…このような時代認識をもっているのだとしたら、アメリカは、いかなる理念・戦略をとっていくのだろうか。


○アメリカ外交の二大潮流――現実主義と理想主義

・アメリカの外交方針には、伝統的に自由や民主主義のような価値観を重視する理想主義(アイディアリズム)と、勢力均衡を重視する現実主義(リアリズム)という二つのパラダイムがある。ex. 1991年の湾岸戦争…中東の「勢力均衡」を重視して、途中で戦闘を止めたブッシュ・シニアの外交方針は、現実主義だったが ←→ 2003年のブッシュ・ジュニアのイラク戦争…テロとの戦いや中東の民主化といった十字軍的な大義を掲げて、理想主義の観点から正当化され、実行された。→ しかし、フセイン政権の打倒には成功したものの、イラクの秩序は再建できず、中東全体の秩序が不安定化することになった。…理想主義の外交は、手ひどい失敗に終わったのだ。〔※う~ん、大量破壊兵器の存在を捏造していたブッシュ・ジュニアを理想主義と言われてもなあ…?〕
・理想主義で失敗したブッシュ・ジュニア政権を引き継いだオバマ大統領は、勢力均衡を重視する現実主義へと舵を切った。〔※この理想主義と現実主義とのせめぎ合いという枠組みは、この著者の政治学のポイントの一つか…〕


○パワーを巡る闘争を直視する現実主義者

・冷戦期において支配的だったのは、現実主義だった。…現実主義は、国際関係の本質を利己的な国家の間で繰り広げられるパワーを巡る闘争(※パワー・ポリティクス)だとみなす。→ それゆえ、紛争や戦争の撲滅については概して悲観的だ〔※性悪説か…〕。
・ただし、現実主義には、時代とともにいくつかのヴァリエーションがある。…「古典的」現実主義の論者は、国家には他国に対する生来の支配欲があり、それが戦争を引き起こすのだとみなした〔※確かに「古典的」らしい素朴な見解…〕。→ そこから、各国家がお互いに勢力を均衡させる多極的な世界が望ましい、となる。
・これに対して、「新」現実主義の論者は、(国家の生来の本質には触れず)国際システムが、中央政府の存在を欠いた無政府状態(アナーキー)であることに着目し、各国家はその無政府状態の中で生き残りを図って行動するものととらえる。〔※システム論的な考え方か…?〕
・新現実主義のうち、「防衛的」現実主義と呼ばれる理論は、防衛の方が攻撃よりも容易な場合、国家はお互いにより協力的になると考えた。→ 従って、国際システムが無政府状態であっても、国家間の協調は可能であるはずと言う。〔※この「防衛的」現実主義は、「専守防衛に徹する」という日本の平和憲法とも親和的か…?〕
・また、大国は勢力均衡を保つために同盟関係を形成したり、核抑止力のような防衛的軍事力を保有したりすることで、自国の安全を確保しようとする〔※う~ん、現実主義では、核兵器も防衛的軍事力なのか…〕。→ それゆえ、新現実主義の論者は、冷戦の二極対立下においては、アメリカはかえって非常に安全であると考えていた。〔※う~ん、日本でも、そのうち、この「防衛的」現実主義によって、核武装を堂々と提唱する論が出てくる…? この著者も…?〕
・「防衛的」現実主義に対して、「攻撃的」現実主義と呼ばれる理論では、(国際システムを無政府状態とみなす点では、他の現実主義と同じだが)世界が無政府状態であるがゆえに、どの国家も自国の安全保障のために、相対的なパワーを最大化しようとして、競合するのだと論じる。〔※安倍政権のホンネはこれか…? しかし、それでは軍拡競争しかないのでは…?〕


○国際協調を楽観視する理想主義者

・こうした現実主義に対抗するのが、理想主義〔「自由主義」(リベラリズム)と呼ぶ論者もいる〕。理想主義にも複数のヴァリエーションがある。
① 戦争は当事国双方に経済的な損害をもたらすから、経済的な相互依存を深化させれば、国家間の武力衝突は抑制できるという理論。〔※日本でも、これを言う論者は多いだろう…〕
② 民主政治が広まれば、世界は平和になるという理念
〔※戦争では一般の国民の犠牲が最も過酷になるのだから「戦争は絶対悪」、という理念あるいは歴史的教訓は、この著者の現実主義には存在しないのか…? ←→ そうではなく、逆にその理想主義の理念こそが戦争を起こす、という主張…?〕。
・さらに近年では、IEA(国際エネルギー機関)やIMFといった国際機関や国際制度が、各国家に互恵的な利益をもたらすことで、国家の利己的な行動を矯正するという「制度派」の理論が台頭している。〔※国連はどうなっているのか…?〕
・いずれの理論であれ、理想主義者は、国際協調は(防衛的現実主義者が想定するよりも)容易に実現可能であると考えている。…また、理想主義者は、多国籍企業など国家以外の主体の役割も重視する傾向にある。〔※現時点では、多国籍企業の多くは、マネー資本主義と同一視されて、あまりイメージは良くない…?〕
・冷戦期の米ソ対立の中では、現実主義の方がより説得力をもっていた。→ しかし、冷戦の終結は、西側世界の自由主義の勝利を強く印象づけた。そして、理想主義が大きく勢力を伸ばすこととなった。→ アメリカは、一極主義的な覇権国家としての確信を得て、新たな国際秩序の構築に乗り出した。…その際、アメリカが目指した新たな国際秩序とは、政治的な自由主義、民主主義、法の支配、経済的な自由主義といった、理想主義の価値観に基づくものであった。〔※これは一般的な理念としては、原則的には妥当だったのではないか。もちろん様々な条件つきではあるだろうが…〕
・ところで、(ネオコンと呼ばれる政治思想が反映されていた)ブッシュ・ジュニア政権は、理想主義に分類されたが、この見解には違和感があるかもしれない〔※ネオコン=軍産複合体というイメージ…〕。…だが、ネオコンの思想は、自由や民主主義といったアメリカ的な価値観を基礎とした世界秩序の構築という大目的〔※表向き?〕をもっているので、現実主義とは決定的に異なるのだ〔※現実主義者には何も価値観はないのか…?〕。→ 実際、現実主義者は、ネオコンが主導したイラク攻撃に反対したが〔※中東の勢力均衡が崩れるから?〕、リベラル派(理想主義者)の論客たちは支持を表明していた。…よって、ブッシュ・ジュニア政権およびネオコンは、理想主義の一種とみなすべきなのだ。→ そして冷戦終結から20年を経て、この理想主義のプロジェクトは失敗に終わった。…アメリカは、現実主義へと大きく舵を切ろうとしている。〔※う~ん、それでも、あのブッシュ・ジュニアを理想主義とするのは違和感を覚えざるを得ない。その理念の裏に隠された軍産複合体(の利権)というリアリズムの影…? それにしても、この著者の現実主義/理想主義という枠組みは、イマイチ納得感がない…〕


○「危機の20年」――戦間期にも支配的だった理想主義

・1989年から続いた理想主義に基づく国際秩序は、2009年をもって、20年の寿命を終えた。もっとも、理想主義の挫折は、歴史上、これが最初ではない。…第一次世界大戦と第二次世界大戦の間のいわゆる「戦間期」(1919年~1939年)においては、国際政治経済を支配した思想は、理想主義だった。→ そして、この戦間期の20年における理想主義の破綻が、二度目の世界大戦という国際秩序の崩壊をもたらした。〔※第二次世界大戦は理想主義の責任…?〕
・これを明らかにしたのが、E・H・カーの『危機の二十年』。…この「古典」の一つとされるテキストの中で、カーは、戦間期という「危機の20年」を、理想主義(カーは「ユートピア主義」と呼ぶ)と現実主義という二つの思想を用いて、見事に分析してみせた(詳細はP35~44)。→ この理想主義と現実主義という概念の枠組みは、戦後、アメリカを中心とした国際政治経済学の二大潮流となり、現在もなお、その効力を失っていない。〔※当方の目論みとしては、この著者の短絡的にも見える理想主義/現実主義という二項対立に、批判的な検討を加えていきたいのだが、能力的・学識的にちょっと厳しいか…?〕


○戦間期のアメリカでなぜ理想主義が興隆したのか

・近代以前の中世世界は、キリスト教によって統合・支配されていた。…しかし、中世世界は宗教戦争によって崩壊し、宗教的権威は凋落した。→ 近代世界では、(衰退した宗教に代わって)理性によって、道徳の「自然法」を発見し、それによって世界を統治しようという合理主義の啓蒙思想が発展するようになり、18世紀に隆盛を遂げた。→ 19世紀の産業革命によってイギリスが大国として台頭し、思想の潮流がフランスからイギリスへと移ると、18世紀の啓蒙思想は、ベンサム主義(功利主義)へと変容した。
・ベンサム主義は、「善」の問題を計測可能な「幸福」に還元し、「最大多数の最大幸福」をもって、倫理の絶対的な基準と定義した。…「最大多数の最大幸福」は、人間が科学的理性によって発見した道徳の法則とみなされた。→ ベンサム主義は啓蒙思想の合理主義を引き継ぐものであり、そして「最大多数の最大幸福」の格率は、言わば、19世紀における自然法だったのだ。(※民主党が「最少不幸社会」とかいうセンス悪いスローガンを使ってなかったか…?)
・さらに、この格率は、人民の意見の集積である世論こそが、合理的な判断基準であるという風潮を生み出した。…ベンサム主義は、自由民主主義の信念を形成し、流布するのにも多大な貢献をなしたのだ。→ もっとも、このようなベンサム主義の素朴な理性信仰や世論信仰に対しては、次第に懐疑の目が向けられるようになっていった。…理想主義は、19世紀の終わりまでには、少なくともイギリスとヨーロッパ大陸諸国において、その支配的な影響力を失ったはずであった。〔※う~ん、あまり納得感がない…〕
・しかし、20世紀の1920~30年代に、このベンサム主義を国際政治に移植し、理想主義を確立させるのに、中心的な役割を果たしたのはアメリカだった、とカーは言う。…アメリカは、第一次世界大戦後に(イギリスに代わって)超大国となり、素朴な理性信仰や世論信仰に基づく理想主義に燃えて、新たな国際秩序を構築しようとした。…その典型がウッドロー・ウィルソン大統領である。…ex. 国際連盟の構想…人民の総意である世論が正しいように、諸国家の合意に従って国際政治を統治すれば、国際平和は実現するはずというわけだ。
〔※う~ん、この著者は、理想主義を信仰と断じて、「理想主義」という言葉に、ことさら負のイメージを塗り付けようとしている…? 「世論が正しい」などというナイーブなことは、19世紀でも20世紀でも、(方便として主張したとしても)誰も信じていなかったのではないか? 民主主義における「合理的な判断基準」ということは、(正しいかどうか、と言うより)議論を尽くした後の〝とりあえずの合意〟(多数決の場合もある)として取り扱う、ということではないのか…? 当方、E・H・カーの著作は、大昔にマルクスだかドストエフスキーだかの評伝を読んだきりで、『危機の二十年』は未読なので、これ以上は展開できないのだが。まあ、素人の限界か…〕


○経済自由主義の教義が理想主義に転化した

・理想主義には(ベンサム主義と並んで)もう一つの源泉がある。…アダム・スミスを始祖とする「自由放任の政治経済学」、いわゆる経済自由主義だ。→ 諸個人がそれぞれ自己利益を追求して行動しても、市場原理が作用して利益の調和が達成される。〔※う~ん、アダム・スミスの思想はそんな単純ではない、とも言われているが……ex.『吉本隆明の経済学』筑摩選書〕
・理想主義は、この教義を国際政治に応用する。…国際的な自由市場の下では、諸国家がそれぞれ自国の経済的利益を追求して行動しても、諸国家の利益は調和すると言うのだ。→ ここから自由貿易の教義が導き出される。…各国が貿易を自由化すれば、世界全体の利益が調和し、国家間の争いはなくなるだろうというわけだ。〔※ここも、理想主義や自由主義をちょっと単純化しすぎる嫌いが…〕
〔※以下、著者の〝理想主義批判〟が続くが、枚数の関係で、この章の後半はポイントだけにとどめたい。…詳細はP38~52〕
・理想主義者は、自由貿易が各国の「利益の調和」をもたらすと主張する。←→ しかし、19世紀のイギリスが自由貿易を唱道したのは、それが覇権国家イギリスにとって有利だからにすぎない。ドイツのような発展途上国は、自由貿易によって不利を強いられたのだ。(※これは一定の説得力あり。今のTPPの議論を彷彿とさせる。…ちなみに、この著者は『TPP亡国論』集英社新書2011年 も書いている。)
・ウィルソン的な国際主義も同様だ。…歴史上、国際平和や国際的な連帯のスローガンは、支配的な諸大国が、彼らが優位に立つ現状を維持し、弱小国を抑えつけるために唱えるものだ。…現実を隠す理想主義の美辞麗句こそ、現実主義者が最も唾棄すべきものだった。
(E・H・カーの言)…「重要なのは、絶対普遍だとみなされる諸原則が、原則と呼べるような代物ではなく、とある時期の国益のとある解釈によってできた国家政策を無意識のうちに反映したものにすぎない、ということである。(中略)しかし、こうした抽象的な原則を具体的な政治状況に適応しようとするや否や、それらが既得権益の見えすいた偽装にすぎないことが明らかになるのである」……〔※う~ん、これらは一見すると、「理想主義」に対する現実主義からの辛口の批判のように見えるが…ここで言われている「理想主義」は、理想主義の衣をまとった利己的な「現実主義」ではないのか…?〕
・しかしカーは、現実主義の限界もわきまえており、次のような留保をつけている。…純粋な現実主義者は、唯物論に傾きすぎであり、理想、感情、道徳、神話、ヴィジョン、意味といったものが国際政治において果たす役割を見逃しがちである。→ 人間は理想を掲げ、理想に向かって行動するという「現実」がある。言い換えれば、「現実」の中に「理想」も織り込まれているのだ。…理想と現実。道徳と権力。この二つの要素の間の運動として成立するのが、政治というものに他ならない。…この深い洞察に、カーの国際政治理論の神髄がある。〔※以上の部分は、とくに異論なし。当方の「現実」も織り込んだ「理想主義」とも折り合う…?〕


○安倍政権の価値観外交は理想主義

・2012年末に成立した第二次安倍政権は、「世界全体を俯瞰して、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった、基本的価値に立脚し、戦略的な外交を展開していく」と宣言した。…このような基本的価値観を共有する国々と連携するという外交戦略は、「価値観外交」と呼ばれていて、価値観を重視するものだから、明らかに理想主義に分類できる。〔※う~ん、これはちょっと表層的、形式的な認識ではないのか。安倍政権が「自由、民主主義、基本的人権、法の支配」といった基本的価値に立脚した、理想主義に分類できる政権…と言われても、なんか悪い冗談のようにしか思えないが。…「報道の自由」に介入し、とても民主主義とは言えない議会運営に終始し、労働者(自衛隊員も?)の基本的人権を軽視し、立憲主義を無視して憲法違反の安保法制をゴリ押ししようとしている…〕
・他方で、安倍政権が掲げる理想主義的なスローガンについても、実は単なる外交上のレトリックにすぎないのであり〔※なんだ、この著者もそう思っているのか…〕、実際の外交戦略は、もっと現実主義的な洞察〔※マキャベリズム?〕に基づいて進められる可能性もある。というのも、一般的に、外交上のレトリックとしては、自由や人権など、価値の普遍性を主張する理想主義的な言辞の方が適しているから。〔※ただ問題なのは、ここでこの著者は、安倍政権の「理想主義的な価値観」に関して、当方などとは逆に、その現実主義的な〝二枚舌〟を、肯定・評価しているように見えてしまう危うさだ…詳細はP52〕       (9/15…1章 了)

〔ここで体調不良のため中断……2015.9.15〕

〔参考記事の追記〕

(中断していた間に、この「政治状況論」と関連する興味深い新聞記事があったので紹介しておきたい。)

○「経験知への敬意重要」
   中島岳志(北海道大准教授)
         〔聞き手・小田昌孝〕 

「もともと、保守思想はフランス革命のアンチテーゼとして生まれました。
 フランス革命は人間には万能の理性があり、合理的に設計すれば理想的な社会ができるという左翼思想に基づきました。ところが保守は人間は間違いやすく、不完全な生き物という考えに立ちます。従ってその人間が理想的な社会をつくれるはずがないと考えるわけです。一気に何かを変えるというのは理性に対する思い上がり、過信があり、それは必ず暴力につながる。反対の人への弾圧、独裁政治などの反動を生み出す、と。
 保守は長年にわたって積み上げてきた経験知、慣習を大切にしながら、漸進的に物事を変えていきます。政治手法でも、法律によってすべてが決まるとは判断しない。その法にまつわる慣習を大切にするんです。法律に『やってはいけない』と書いてなくても、長年の慣習としてやってはならないことを身に付けるのが保守政治家でした。例えば、内閣が内閣法制局長官に自分たちの息のかかった人間を任命すれば、立憲主義が危うくなる。だから、そんなことはしないとかね。
 民主主義は手間がかかるんですよ。一回の選挙で大衆的な指示を受けた政治家が暴走しないよう歯止めを歴史的、政治的につくってきたんです。間接民主制で、二院制になっている。そうした手間をかけないと、世の中がおかしくなる。それが保守の知恵というものです。
 その観点からいうと、安倍晋三首相は保守ではありません。経験知や慣習に敬意を払うことがほとんどなくて、野党が何を言おうと自分の思った通りにやる。非常に過激な革新者に見えます。原発問題にしても、保守の思想を突き詰めれば反原発のはずなんです。不完全な人間が完璧なものをつくれるはずがない、というのが保守の思想ですから。それがなぜか今の自民党は原発を推進しています。
 共産党が『国民連合政府』を提唱していますが、やればいい。小選挙区である以上、野党は協力するしかない。個人の価値観としては寛容、自由を認める『リベラル』、経済的には所得を再配分する『セーフティーネット』を重視した政治勢力を緩やかに結集してほしい。私に言わせれば、かつての左翼も今は『リベラル保守』になった。民主党も手をつなぐことができるはずです。」(東京新聞 2015.11.7 より)

〔※う~ん、安倍晋三は保守ではない、かつての左翼も今は「リベラル保守」になった…。なにか「保守」というイメージが180度ひっくり返ったような気がしてくるが…。そして、この「リベラル保守」という概念は、「より速く、より遠く、より合理的に」を行動原理とする近代システム・資本主義が機能不全に陥っている現在、意外にも、「長い21世紀」の「低成長経済」あるいは「成熟社会」の行動原理として提唱されている「よりゆっくり、より近くに、より寛容に」という理念(『資本主義の終焉、その先の世界』詩想社新書2015.12.25より)と親和性を持って通底していく、今後につながる可能性・未来性のある政治的概念なのではないか…?〕

(2016.1.30 追記)

2016年1月21日木曜日

震災レポート33

(震災レポート33) 震災レポート・拡張編(13)―[経済各論 ②]


                                  

『円高・デフレが日本を救う』 小幡 績(ディスカヴァー携書)2015.1.30

――[後編]



【7章】アベノミクスの代案を提示しよう


・アベノミクスとは何か? それは、「超緩和的金融政策」である。結局これに尽きる。→ それによって、株高と円安が起き、国債市場の混乱が起きた(要は、日銀が国債市場に介入し、その結果、株が上がって円が下がったのだ)。⇒ そこからいかに少ないリスクとコストで、途中下車するか? この危機から脱出する方法はあるのか? …いわば薬物依存状態のこの危機的状況からの事後処理案を示そう。

○いかにして円安を止めるか?

・アベノミクスは、悲観論により極端に割安だった株価を、超金融緩和(※市中のおカネをジャブジャブにする)をきっかけに修正した。→ この修正は、2013年4月末までの半年でほぼ終了した。…これが、アベノミクスのメリットのすべてである。→ その後の株価上昇は、異次元金融緩和をきっかけにバブル的となり、市場の投資家が勝手に(アベノミクスと無関係に)株価を上下に動かしているだけだ。(※今は中国がひどいことになっているよう…)
・一方、円安は、(2章でも既述したように)日本経済全体にマイナスの影響をもたらした。→ 原油をはじめとする輸入品を高い価格で輸入せざるを得なくなり、交易条件が悪化したから。…大企業が輸出で儲け、富裕層が株で儲け、低所得者がガソリン、食料の必需品の値上がりで苦しみ、中小企業(大半が内需企業)は原材料費や光熱費などの輸入品のコスト上昇で苦しくなった。…しかし、この格差が問題なのではなく、経済全体トータルで損をしていることが問題なのだ。(※う~ん、格差も問題なのでは…?)
・自国の通貨が安くなると、その国の経済は損失を被ることになる。つまり、交易条件の悪化により所得が流出し、国全体の経済厚生は低下する。…これは、経済学では確立した理論。〔交易条件の悪化とは、同じ原油をより高い値段で買わされることで、貿易を物々交換と考えれば、同じ量の原油を買うために、これまでは車を1台外国に渡していたのを、今後は2台渡さないといけなくなる。→ 同量の原油は買わないといけないので、それ以外のモノへの支出を減らすことになり、実質的な可処分所得が減り、貧しくなる。〕
・しかし、円安による最大の悪影響は、国富が減少することだ。→ 円安誘導は、意図的に日本経済の世界に占める割合を低下させる。国民一人一人にも大きな影響がある。…2012年の一人当りGDPは、市場レートによるドル換算では、日本は世界第15位の高所得国だったが、1ドル80円から120円に変えて試算すると、28位に転落する(ほぼ韓国に追いつかれるような水準まで落ち込む)。…経済全体も同じ話で、1600兆円の個人金融資産は、20兆ドル → 13兆ドルに激減した。→ 日本経済の規模は、フローでもストックで見ても、4割減少した。つまり、(円安誘導によって)4割の国富が失われたに等しいのだ。
・これまで積み上げてきた資産の価値が、意図的に40%目減りさせられたのだ。国富(戦後70年の努力)が、意図的な経済政策によって吹き飛んでしまった。→ だから、我々はこれを修正しなければならない。
・円安を止める……これがアベノミクスの代案の最重要課題だ。⇒ やるべきことは、円安を止めること。この過程で、経済を大幅な不況に陥れないこと。金融政策の転換に圧力がかかり、途中で転換が中止されてしまうのを回避すること。
・量的緩和を止めることは、インパクトが大きすぎて、できない(※そうなのか…)。開始時点ならともかく、量的緩和が、異次元、超緩和状態になってしまってからでは、直ちに止めることは不可能で、もう遅い。→ 超金融緩和状態が進んでいる現在でのベストシナリオ(セカンドベストシナリオ)は、金融緩和を続け、ゼロ金利は維持するが、円安を志向しないことを示すことだ。→ そのために、まず、量的緩和の規模の拡大はこれ以上はしない。経済に変化があれば、あらゆる金融緩和は行うが、国債の買い入れ増額はしない。

○インフレターゲットは修整できる

・同時に、インフレターゲット2%をマイナーチェンジ(微修正)する。→ まず、原油を除いたベースで考える。次に、輸入品を除いたベースで考える。…経済政策の指標としてのインフレ率とは、国内の需給バランス、需要の強さを見るものだから、それ以外の要素によるインフレは、考慮しない。→ 次に、インフレターゲットの目標を2%から1%に下げる。(詳細はP152~153)

○アウェイの金融政策で引き分け脱出を目指す

・このような目標設定の下で、短期金利をゼロにし、長期にもそれが波及するようにする。しかし、長期国債を買い支えて直接長期金利を下げる操作は行わない。(投機的トレーダーの売り仕掛けで市場価格が乱高下するようなら、市場を正常化するために買い入れを行うが)、直接の金利引き下げは目指さない。…同時に、市中銀行の貸出し金利を引き下げるために、日銀当座預金への付利を止める。→ 形にこだわらず、市中金利の下落を目指す。(※う~ん、金融は難しい…詳細はP153~155)
・ここで提案している金融政策のエッセンス……もはや、異次元緩和を織り込んで、国債市場、株式市場、為替市場は動いている。バブル的な側面もある。←→ ここで、最終ゴールとして望ましいからといって、一気に異次元の超金融緩和を終了するのは望ましくない。これまでの異次元緩和を直接否定するのもよくない。→ 従って、これまで大盤振る舞いをしてしまったツケを払うことになるが、いわばサッカーでいうアウェイの戦いで、負けないように守りきる金融政策を行う。(※ソフト・ランディングか…)
・つまり実質的な緩和効果は維持しつつ、これまでの政策との整合性も図り、また、断絶のないように、政策変更によるショックのないように行う。…ただ、方向は異次元緩和の出口を見据えないといけない。異次元の緩和から → 普通の大幅な金融緩和にまず移行し → その後、大幅な金融緩和の幅の縮小を恐る恐る行うのだ。…山を下りるのは、登るよりもはるかに難しい。綱渡りで後ずさりするのは決死の覚悟だ。←→ しかし、それが難しいからといって、ここまで来たら突っ込むしかない、というのは最悪の選択だ。自爆、討死戦略になってしまう。(※う~ん、戦前の日本軍…? 今の安倍政権もまた…? 原発や新国立競技場も…?)
・市場はもちろん、これを見透かすだろう。→ このような金融政策へ移行すれば、当初は株式市場は暴落し、為替は円高に振れ、国債市場も暴落するだろう。…しかし、ここで守るべきは、国債市場だけだ。→ 株式市場は思惑の値付けが消失するだけだ。バブルだから仕方がない。バブルはいつか崩壊する。ただし、できるだけその悪影響が波及しないように全力を尽くす。…リーマンショックは、根本原因はバブルを膨らませ放置したことにあるが、バブル崩壊そのものにあるのではない(※必ず崩壊するからバブルと言う…)。
・為替は、円高になる分にはかまわない。…円が暴落するのは日本経済の死だが、投機家の思惑が外れて円安が修正されるのであれば、それはむしろ歓迎だ。円高、通貨高は国益、経済にとってプラスだから。…乱高下は本来避けたいが、これまで乱暴に急落してきたのだから、ある程度やむを得ない。→ 為替市場が短期的に乱高下しても、トレンドとして一定の方向性が見えれば、実体経済はそれなりに対応できる。

○国債暴落防止:二つの基本方針

・問題は国債市場だ。…日銀の買い支えを縮小する方向を見透かされるから、一気に暴落するだろう。これには二つの基本方針で臨まないといけない。
(1) 過度の下落には、買い入れで対応する。…今は、国債価格が急騰しているにもかかわらず、国債を買いまくっているからおかしいのであって、国債市場が混乱し暴落するときに、それを買い支えるのは、金融システムの維持という中央銀行の政策目的に合致する。(詳細はP158~160)
(2) 政府の財政の健全性を示すこと。…消費税引き上げの延期がきっかけで国債の暴落が始まる可能性があり、それが一番恐れるシナリオだ。財務リスクが意識されての暴落では手の打ちようがない。→ これを防止するためには、消費税率を引き上げたほうがいいが、いずれにせよ国債発行額をとにかく減らすことが重要だ。…増税延期でもかまわないが、その場合は、歳出を毎年5兆円カットする必要がある。→ 公共事業の一時停止(10年は補修に限るといった方針)や年金の実質カットの長期的なスキームの提示・実行が必要となる。(※う~ん、なかなか厳しい…。ギリシャ問題も他人事ではない…)
・具体的にはどのような手段をとってもかまわない。とにかく、政府の財政支出が減るということを、投資家たちに見せつけなければならない。…日本政府の財政再建は誰にも信じられていない。即刻実現したことがほとんどないからだ。→ だから、これは期待だけではだめで、実現する必要がある。(※待ったなし、ということか…?)

○アベノミクスの代案とは異次元緩和からの慎重な途中下車

・以上が、危機対応のアウェイ対策。…実行は困難を極めるが、考え方はシンプルだ。アベノミクスの代案とは、異次元緩和からの慎重な途中下車なのだ。あるいは、ブレーキがきかなくなった自動車を、いろんな障害物に激突しないようにハンドル操作をしながら、自然に減速するようにナビゲイトする、という感じだ。
・まさに出口戦略だが、出口が見えないなかで、出口にたどり着くまでにクラッシュしないようにトンネルを抜けるようなプロセスであり、完全にアウェイの戦い…。薬物依存ならぬ、量的緩和依存からうまく抜け出すには、苦しみもリスクも伴うが、それを避けていては必ず破綻するので、敗戦処理は忍耐強くやるしかないのだ。←→ だからといって、ショック療法はできない。もう薬物依存になってしまったものを、突然何の準備もなしに薬物を抜いたら大変なことになる。
・薬物(超緩和的金融政策)を始める前なら、いろいろ手段はあったが、依存症になってしまった以上、その状況に応じた事後処理をしなくてはいけないのだ。…ここで提案したのも、もちろん痛みのある政策であり、国債市場の混乱を伴うだろう。でもそれは、薬物依存継続の道(アベノミクス)に対する代案であり、より望ましい道である。…すべての道には痛みがある。痛みのない道は破綻への道だ。


【8章】真の成長戦略


・退屈なアベノミクスの敗戦処理を離れ、少し自由に政策提言をしたい。…その前提として、これまでの章の議論をまとめてみる。
・(アベノミクスは取り違えているが)日本は需要不足ではない。だから景気対策は一切いらない。←→ (景気対策で)景気の波を均すことは、パイを拡大することにはならない。今日膨らんだ分のツケを、将来払うだけだ。財政出動した分(公共事業など)は増税になるのだから、何も増えない。…金融緩和と財政出動をセットで行えば、さらに問題は悪化し、財政ファイナンス(政府の赤字を中央銀行が引き受けること)と思われ、国債市場のリスクがさらに高まる。同時に、政治が中央銀行に国債の処理を短期的に依存し、易きに流れ、放漫財政が助長される。国債市場破綻リスクがさらに高まる。…他方、政策による経済成長力の低下も起きている。短期の景気刺激を行い、目先の需要と仕事を増やすと、長期的な活力と仕事が減少する。→ だから、景気対策、需要増加政策は、長期的な成長力を減退させるのだ。…失われた15年(デフレに苦しんだ15年)と言っていることの根本的な要因は、目先の景気刺激策をやりすぎたことである。景気対策依存症になってしまったことにある。
・量的緩和依存症も同様の現象だが、金融政策はよりスピード感があり、破壊力もあるため、リスクも極めて高い。変更もより困難が伴う。金融市場が相手だけに、コントロールが難しい。だから、金融緩和によるリフレ政策が最も危険な政策であり、脱出も最も難しい政策だ。

○景気対策を止めれば成長は始まる

・まず、景気対策を止める。公共事業はもちろん止める。歳出削減をさらに進める。社会保障も削減する。→ その代り、(現状の社会保障を維持するなら30%とも言われている)消費税率の引き上げを15%までに抑える(※水野和夫氏は、最終的には20%近い消費税を提示していた…「震災レポート30」)。…歳出を削減し、歳入もそれに見合ったものにする。→ 小さな政府というよりは、「効率的な政府」を目指す。…これが、最大の成長戦略であり、日本の成長力は上がる。(その理由は)国債市場を縮小することになるから。これが成長には重要だ。(※う~ん、公共事業も社会保障も、なにを削減するかは、相当もめる難題…)
・つまり、過去15年の政府債務の急増によって、民間にあふれる資金が政府部門という成長を生み出さないところに吸収されてしまい、いわばブラックホールに吸い込まれたように、資金が成長にまったく貢献しなくなっていたことが、成長率が低下していった根本原因だから。…政府は成長戦略ができない。これは現政権だけでなく、今まで誰もできなかった。政府にはできないのだ。⇒ だから、資金を民間セクターに取り戻す。…これが最大の成長戦略だ。(※う~ん、「官から民へ」か…このあたりが、「各論」の分岐点の一つか…)
・需要依存が染みついている人々は、「民間に需要がないから政府が」と言う。しかし、無駄使いは最悪だ。無駄に使うぐらいなら、使わずにとっておくほうがましなのだ。将来使えるから。…(5章で述べたように)今、この金融資産を無駄に消費してしまったら、将来、使うカネがなくなる。→ 今の経済よりもはるかに縮小した20年後の経済(※少子・高齢化)は、消費したくてもカネがなくなってしまっているはずだ。…そのときまでに消費の原資をつくっておく必要がある。→ そのために、(消費したくないものを無理に消費するのではなく)投資する。日本に投資先がなければ海外に投資すればいい。…きちんと投資すれば、所得になり、国民所得は増える。これが一番重要なのだ。
・もちろんこの場合、円高のほうがいい。いろんな投資が海外でできる。→ 収益で所得が余れば、その分、国内で別のものに使える金が増える。所得税収増加により、消費税の引き上げ幅が少なくてすむ。…また、銀行が国債を買わず、有効な資金運用をすれば、それは投資として生きてくる。→ だから成長戦略は、国債を減らし、資金を活かすことなのだ。これにより、成長が生まれ、将来の消費の資金が残る。…金融資産ではなく、良い経済を残すことのほうが重要だ。そのためには、今、消費してはいけない。
・日本に必要なのは、(貯蓄より投資ではなく)消費より投資だ。…(消費が足りないのではなく)投資戦略が足りないのだ。資金をうまく活用できていないのが問題なのだ。そして、資金の投資効率を最も落としているのが、国債(政府の借金)だ。…何も生まず、何も残さず、ただ消費して、資産を食いつぶしている。⇒ だから、政府支出を減らし、国債を減らし、増税を最小限に抑える(※それでも消費税は15%か…)のが、正しい戦略なのだ。…つまり、政府部門の効率化を行うためであり、資金を民間に回すためであり、だから成長戦略なのだ。(※う~ん、次回取り上げる予定の中野剛志の論と、ほとんど真逆…?)

○真の成長戦略の話をしよう。すなわち人を育てることだ

・ここまで、アベノミクスの対極としての二つの戦略を述べた。…前章では、①アベノミクスの金融政策の事後処理政策、そしてこの章では、②景気対策依存からの脱却すなわち政府の縮小(民間資金の政府部門からの解放)と投資による成長戦略。…これらは、国債市場、国債残高の縮小ということで共通する。
・では、さらに本質的な成長戦略とは何か? 最後に、日本経済の実力を本質的に上げる戦略、底力を上げる政策を示そう。⇒ それは人を育てることだ。…サッカーの日本代表と同じで、チームが強くなるためには、個が強くなくてはいけない。チームプレイも重要だが、個の力が低いままでは、チームとしても限界がある。だから、個を強くする必要がある。…経済における個とは人だ。人一人一人を強くする。それに尽きるのだ。人が成長する。その総体である経済も成長する。何の種も仕掛けもないが、これ以外に道はない。〔※う~ん、(最近見たTVでは)経済の強いドイツでは、効率化のプレッシャーで精神疾患も増えているようだが…〕
・もちろん時間はかかる。人間が成長するには、10年20年はかかるだろう。しかし、日本は素晴らしい社会だ(※?)。努力と工夫で、時間はかかるが、地道にやれば必ず達成できる。→ やることはシンプルだ。まず、基礎力を上げるために、教育を充実させる。家庭教育も学校教育もだ。→ 幼稚園から大学院まで、徹底的に人材を投入する。育てる側の人材も育てる。教師も、学校も育てないといけない。(※確かに、経験的にも日本はこの部分がまだ貧弱な感がある…ただ、難しいのは、やりようによっては逆効果になる恐れも……詳細はP175~176)

○成長戦略としての社会保障改革

・教育で基礎を充実させたあとは現場での修業だ。→ 職場で働くことにより、人的資本を蓄積できるような環境をつくる。…(正規雇用、非正規雇用という枠組みでなく)勉強になり、修業になり、次につながる、来年は今年よりもより高い価値のある働き手になっているような仕事となるようにする。→ そのためには、(正規雇用を増やすのではなく)逆に非正規、正規の枠組みをなくす。(※雇用の枠組みの次元を、一段階上げるということ…?)
・非正規と正規の問題は、社会保障を与える側(企業側)の都合で、枠組みをつくっていることにより生じたもの。→ (同一労働同一賃金として、正規と非正規の格差をなくすという考え方もあるが、それよりも)そもそも正規と非正規の区分をなくしてしまえばよい。その上で、当然の同一労働同一賃金の原則を適用することが必要だ。(※真のワークシェアリング…?)
・非正規が問題なのは、次につながらない仕事しか与えられないことだ。…個人が成長しない、働き手として価値が上がらない。そうなると、企業も継続して雇う意味がない。賃金を上げる気がしない。(※労働者の使い捨て…)
・非正規は、雇う側の理由としては、社会保障コストが高いから、正規雇用に二の足を踏んでいることと、正規にすると解雇が面倒であることの二つだ。→ この結果、非正規を多用している。…都合よく非正規を使っている企業もあるが、正規にしたいのに社会保障コストが高すぎてと思っている企業も多い。⇒ だから、年金、医療保険を雇用形態とは無関係な制度に変える。…雇用保険はともかく、年金、医療は(雇用形態に依存せず)、個人ですべて加入することにすればよい(詳細は後述)。→ 社会保障の企業負担、雇用主負担は、別の形に移行すればよい。…別の形とは法人税になるだろうが、企業側の社会保障負担が減れば、それよりも小さい法人税増税であれば、企業も負担できるはずだ。(※う~ん、この制度改革はかなり大ごとだ。…もっとも、〝憲法改正〟のためのエネルギーをこっちに注力すれば、可能性ありか…? まったく安倍政権は、資産の無駄遣いだけでなく、エネルギーの無駄遣いだ…!)

○会社ではなく個

・あとは、職場次第であり、政策にできることはそれほどない。学校を徹底的に強化することが政府の役割だ(※う~ん、以前「学校化社会」が問題になったが…今の文科省がやったら、ちょっと怖いことになる…?)。→ 学校の充実により、職場での実践力を高める手助けをするには、高等専門学校の強化が最も重要だ。(※詳細はP179~180…この高専の強化策は、この著者の持論のようで、他の著作の中でも触れられている…ex.『やわらかな雇用成長戦略』)。
・会社の中ではなく、自分の中に資本を蓄積する。…仕事の経験を人的資本として自分の中に蓄え、それを活かし、自分でキャリアを形成していく。個を強くしなくては始まらないのだ。←→ 企業という箱を強くしても、その箱にぶら下がる人々が増えるだけでは意味がない。⇒ 個を鍛えることが、すべての根本だ。(※この著者はまだ40代のせいか、なかなかシビア…)

○政府は補助のみ

・この素晴らしい個を日本全体というチームにするためには、(この章の前半で述べたように)金融資本の活用により、企業、産業の新陳代謝を進め、政府依存の経済を脱却する。…もともと日本は、国際的に見て、米国などに次いで、政府依存度が低い民間活力にあふれた国なのだ(※う~ん、そうなのか…?)。だから、今までの景気対策依存という誤謬、悪い癖、発想から脱却すれば、十分道は開ける。←→ 政府依存という道は、行き止まりの道だ。
・人口問題は、直接アプローチしない。…良い社会、自然な社会へと立て直していけば、人口は、結果として自然に増えていくだろう。→ 非正規と正規の区別がなくなり、実力主義で中途採用も幅広く行われるようになれば、仕事の都合で出産を遅らせるということも減っていくだろう。そのような生活でなければ持続可能でなくなっていくから、世代が変われば、一気に職場の習慣は変わっていくだろう。→ 同様に、東京などの大都市を離れ、地方、環境の良い街、地域を選んで住む人が増えていくだろう(すでに兆しはある)。地方出身者は、短期、東京を観察し、地元の良さを再認識し、地元に戻り、定着する人が増えていくだろう。…地方は、何より環境が良い。地域のつながりが良い、食の質が高い。住宅はもちろんレベルが違う。子育てには最高の環境だ。(※う~ん、ちょっと楽観的すぎる印象も…。人口問題については、別個に、『東京劣化』松谷明彦(PHP新書)2015.3.30 で取り上げる予定…)
・足りないものは、仕事と学校と病院だ。→ ここが政策で補助するべき領域である。…政府は補助に徹し、伸びてくるところを側面的に支えるのだ。←→ 小さい市町村、地方への経済政策というと、大企業製造業の輸出工場の誘致や観光、という短絡的な道が強調されてきた。また町興しと言えば、観光とB級グルメと、とにかく東京から人を呼び寄せることばかりに頭を使っていた(※北陸新幹線の開業時の印象も同様か…?)。そうではない。地方の力は地方にあるのだ。
・地元の経済力をうまく高めることで、さらに充実した社会となり、その結果、経済的にも持続可能性を取り戻す。…若者の流出、人口減少も、生活の場としての魅力をさらに高め、それが再認識されれば、流れは変わる。飛び道具的に東京や外国に頼ってもうまくいかない。…地元を愛し、定住する人を増やすことが最優先であり、それ以外にない。(詳細はP184…※う~ん、方向性はいいと思うが、具体策は…?)
・しかし、地方に住んでも東京と変わらないものはある。輸入品の価格だ。地方だから安くなることはない。→ だから、円高は必須条件である。…地方では車が重要で、ガソリン価格の上昇の生活への影響が大きい。ガソリンや電気代だけでなく、多くのものが今や輸入品であり、地方でもそれは変わらない。→ だから、生活コストの低い地方を活かすためには、円高は必要なのだ。

○年金:個人勘定積み立て方式への移行

・変わりにくい職場が変わることを支援する政策…それは何よりも、(前述のように)非正規と正規の区別を止め、社会保障を(企業に依存せず)個人ベースで行うことにする。…この基本的な枠組みの変更が最も重要で、これで多くの問題が解決する。→ 年金を個人積み立てにすれば、サラリーマンの配偶者の問題も必然的に解消される。…賦課方式から積み立て方式への移行のコストの問題は、特別の消費税をつくり、特別の国債を発行する(年金制度抜本改革移行費用に限定したものにする)。これなら、財政構造の改革のための支出だから、国債の発行も歯止めのきいたものとなる(※それでも、期間限定にせよ、増税&国債増額か…)。
・実は、この年金改革は景気にもプラスになる。→ この積み立て方式への移行によって、「自分で払った年金保険料は、自分の年金として返ってくる」ということが明確化されれば、若い世代の、現行の年金制度に対する不安や不満が、解消され、彼らの消費、投資行動にはプラスになるだろう。…一方、高齢者世代も、年金額が多少減らされることになっても、これまで年金財政の問題が持ち上がるたびに不安と不快感(世代間対立を煽られて)が生じていたが、これが解消すれば大きなプラスだ(不安による無理な貯蓄もしないですむ)。→ (現行の年金制度の)賦課方式という、世代間の助け合いなどというきれいごとの言葉から(※う~ん、なかなかシビア…)、積み立て方式(自分の年金を自分で積み立てる方式)に変えればよいのだ。…これは景気にもプラスであり、不安、不快、諦念がなくなり、自由が取り戻される。消費にも、将来への投資にもプラスだ。(※う~ん、一定の説得力あり…詳細はP185~189)

○政府にどいてもらうという成長戦略

・政府の国債依存を止め、経済や社会の景気対策依存を止め、社会保障の企業依存を止め、賦課方式の年金依存を止めれば、経済は活力を取り戻す。…政府が邪魔をしていた部分が取り払われるのだから、道が拓け、本来あった活力を取り戻すことになる(※民間セクターをもっと身軽にしろ、ということか…)。→ 政府の経済対策に依存する体質、意識を変えるのだ。政府のつくった道、短期の甘い痛み止め(※副作用のある対症療法)に依存することから脱却し、自分たちで道を切り拓くのだ。
・そのために、政府にはどいてもらう。→ 代わりに政府がやることはただ一つ、長期的な成長力の底上げに貢献する。…そのためには、人を育てるしかない。政府は、個を育てること、その補助に注力するのだ。…これまで設備投資減税などは、むしろ過大な補助が流れている。→ これからのチャンスは、より海外に増えていくので、無理に日本国内で投資させるインセンティヴをつけるのは、世界経済構造の変化に対応しにくくなる。従って、設備投資減税も長期成長を阻害する可能性がある。…企業は儲ける機会があれば投資するのだ。
・一方、人的投資の促進は、必ず日本のためになる。→ 日本の労働力の質を上げれば、日本企業も海外企業も日本を拠点にしたいと思う。日本人が海外に赴任した場合でも、日本へ彼らの所得の移転が行われることになる。また海外に移住しても、彼らは日本のやり方を何らかの形で海外に広めることになり、強いネットワークとなる。⇒ 個々の人の価値を高めれば、それは連鎖して、大きな相乗効果を持つ。…従って、人に価値を蓄積させるような政策に絞って、それを全力で行う。
・これは、賃金の上昇をもたらす。(単なる年功序列的なものではなく)働き手が労働力としての価値を高めれば、企業にとっても価値が高くなるから、高い賃金を払ってでも雇いたくなる。…これこそが、真の好循環であり、真の成長戦略であり、アベノミクスの代案だ。(※これは短期の〝成果主義〟とは、似て非なるものだろう…。ただ、年功序列的な賃金体系にも、生活設計的な安定性という、それなりの良さがあると思われるが…)


【9章】円高・デフレが日本を救う


○通貨価値至上主義の時代

・今、日本に一番必要なのは、円高だ。→ 自国の通貨の価値を高める。これが、一国経済において最も重要なことだ。通貨価値とは交易条件の基礎であり、交易条件を改善することは、一国経済の厚生水準を高める。つまり、国が豊かになる。……かつて19世紀までは、これは常識であった。
・古代において、国家権力を握る目的は通貨発行権を得るためであり、通貨発行益(シニョレッジ)を獲得するためだった。→ その獲得が難しくなった近代では、通貨価値を高めることが重要となった。
・19世紀までは、経済は貴族経済だった。…国民の大多数は生存可能水準ぎりぎりであり、貯蓄もそれによる資産もほとんど存在しなかった。国民経済は存在しなかった。…それでも国家にとって国民が重要なのは、戦争の手段であり、安価に動員できる貴重な資源だったから。傭兵よりも安上がりだった〔※現在でもその側面は、「経済徴兵制」という形で残っている?…ex.『ルポ 貧困大国アメリカ』堤未果(岩波新書)2008年〕。…経済は貴族のものであり、貴族とは資産で暮らしている人々のことだった。勤労という概念はなく、資産価値の最大化を目指していた。従って、通貨価値(自分の資産の単価)を高めることをどの貴族も望んだ。
・さらに、経済圏が拡大し、経済の国際化が進展すると、通貨価値の(絶対的水準だけでなく)相対的価値も高める必要が生じた。…自国の通貨が(他国の通貨よりも)価値が高いと、他国の物産、傭兵、土地などを、すべて安く買える。→ 従って、第一次世界大戦後1920年代半ばまでは、通貨価値を維持することが国家経済の最優先課題だった。

○通貨安戦争は歴史上の例外

・それを一変させたのは、大恐慌だった。…1920年代末の株価大暴落からの金融危機で、各国は苦しみ続けた。→ フランスは、長期的にも世界経済における地位を回復できなくなった一因となった。…貴族的、資産家的発想で、植民地における資源の収奪を優先し、既存の資産、資源価値を最大化することを考え、経済を成長させる商業、工業を発展させることをおろそかにしたため、経済危機を拡大させた。→ イギリスは、商業、産業重視の多角的な植民地主義によって、(世界経済の中心が欧州大陸から米国大陸に移る中で)生き残りを図ってきた。
・19世紀末、米国消費大国の登場で、(資産価値よりも)毎年のフローとしてあがる所得、経済成長を取り込むことのほうが価値が大きくなった。→ 世界経済が急速に成長するようになり、日々の生産で稼ぐことが、資産価値の維持よりも大きい世界が登場した。…国民も(戦争への動員資源ではなく)、経済力という(軍事力に代わる)国力の担い手として捉えられるようになった。→ 国民の所得を拡大させることが、国富の観点からも最重要となった。…これは、ドイツや日本という資本主義後進国にとっては当然のことで、追いつくためには(少ない資産を守っていては話にならないので)、富国強兵で国の経済を成長させることが19世紀後半からずっと重要だった。その意味では、米国と同じだった。
・米国の時代の始まりとは、大衆消費社会の到来だった。消費市場が経済政策としても最重要課題となっていった。…(1929年の株価大暴落に始まった)世界恐慌において、初めて失業問題が(社会問題としてではなく)、国のマクロ経済の問題として重要となった。→ 国民とは、労働力という生産力であり、消費者という需要となった。一般大衆あるいは中間所得層が経済における最重要プレーヤーとして明示的に認識された。
・かくして、貴族支配経済における通貨価値の維持・上昇への傾倒は、大恐慌で一変し、各国は通貨価値引き下げを目指し始めた。…経済において最も重要な需要を獲得するために、大恐慌の中では、輸出促進のための通貨切下げ競争に走らざるを得なかったのだ。(資産価値重視から)毎年の国民所得という経済規模拡大(経済成長)を目指すようになった。→(資産というストックの重視から)国民所得、GDP(国内総生産)というフロー最優先にシフトしたのだ。
・通貨価値維持から一転、激しい切り下げ競争になり、逆方向の懸念が生じた。…大恐慌による深刻なデフレーションだから、通貨価値切り下げ自体は、財政出動と同様に、短期的な対応としては正しく、必要なことであった。←→ しかし、すべての国が切り下げ競争をすれば、それは単なる限られたパイの奪い合いをしているだけであり、世界全体で需要は増えない。→ 増えたものは、価値の下がった通貨(=インフレーション)だけだ。
・結局、需要は、軍需、戦争に頼ることになり(※う~ん、安倍政権も今、そんな雰囲気が出てきている…中国もか?)、各国政府は経済のためでなく、戦争のために財政出動を行い、結果として、深刻なデフレからは脱却したものの、残ったものは政府の借金だった。…軍需支出は、直接的には戦争後の平時の生産力とはならないから、戦後の不況へとつながるのだ。
・偉大な経済学者ケインズは、戦後のために、戦争中から切り下げ競争を回避し、通貨価値を安定させるために世界共通通貨を提案しようとした。←→ しかし、IMF・世銀体制はできあがるが、通貨体制は、ケインズ案ではなく、固定相場制となった。

○通貨価値維持とはインフレとの戦い

・第二次大戦後は、世界的な高成長時代を迎えた。…この時代の価値の目減りとはインフレであり、各国はインフレを退治し、同時にフローである成長を目指した。
・そしてオイルショックが起き、インフレとの戦いは最も厳しいものとなった。インフレにより、貨幣経済は崩壊するかと思われた。→ 通貨価値の維持が重要であり、金利を最大限に引き上げた。→ こうしてオイルショックとともに、金本位制と固定為替相場制が放棄された。…経済の現実の変化に対応して、システムの変更を迫られたのだ。

○円高不況の下で日本が世界を席巻した理由

・オイルショックを経て、1980年代、先進国は低成長時代に入っても、通貨安競争は限定的だった。米国(レーガンやクリントン)も強いドルを追求していた。←→ 通貨が安いことを何よりも国家として最優先に望んだのは、高所得となった成熟経済国の中では、1980年代後半以降の日本、及びその他ごくわずかな例にとどまる。
・しかし、1985年以降の円高不況と呼ばれた時期は、実際にはまったく不況ではなかった。…輸出産業は、構造改革、戦略、ビジネスモデル変更を迫られたが、経済全体では、バブル経済を謳歌した。そして、日本が世界を制覇すると恐れられたのも、この時期だけだった。
・この理由は、もちろんバブルはあったのだが、実体経済としても、日本の製造業の生産性上昇はめざましく、(欧米がオイルショックによるインフレ、スタグフレーションに悩まされている間に)研究開発、設備投資を重ね、世界一付加価値の高い製品を世界一生産効率の高い工場でつくるようになったからだ(※省エネ技術もか…)。
・このような製品群は、為替レートが円高に振れようとも、輸出を飛躍的に伸ばしていった。むしろ円高により、ドルベースでの収益は大幅増加した(ex. 自動車産業)。→ 株価はバブルでもあったが、円高により、ドルベースの時価総額では世界のトップランキングをほとんど日本企業が占めた。…これが世界を恐れさせたのだ。
・1990年代半ばには記録的な円高が進行したが(一時1ドル70円台)、このときは日本の介入と、米国の強いドル政策により、円高は終了した。…米国は、強いドルを明示的に切望したのだ。→ その後、日本は金融危機となり、日本売りという形で、(アジア金融危機でアジア諸国が感じたのと同じ恐怖感に)通貨の暴落によりさいなまれた。

○新興国の時代、通貨安戦争はなぜ起きないか?

・中国にとって重要だったことは、通貨(元)が今後強くなっていくということがコンセンサスであったこと。つまり、中国に投資すれば、通貨が強くなるから必ず儲かると世界中の投資家に思わせたことだ。→ 中国は、生産基地としても、13億人の消費者の市場としても、そして投資先としても、最も魅力的な地域となった。…これを背景に、中国は世界を支配し始めたのだ。(※いよいよ中国経済のバブルがはじけ始めた、という説もあるが…?)
・中国に限らず、どの新興国にとっても(通貨は世界規模で輸出先を獲得するための手段であるから、安いほうが望ましい、と思うのは一部の輸出業者だけであり)、国力の増大にとっては、通貨を弱くすることは考えられなかった。→ 通貨が弱くなるということは、世界の投資家が資金を引き揚げるということを意味した。…グローバル資本主義により、どの新興国でも、世界からの投資に依存していたから、長期的に資本を引きつけることは最優先だった。→ だから、通貨は強くなる必要があり、そのためにはインフレは敵だった。…また、通貨が弱いままでは、国内の人材、企業、土地などを買い漁られてしまうので(※最近の円安で、日本でもこの傾向が出てきている…?)、投資を引きつけつつ、高く売ることが必要で、そのためにも通貨は強いほうが当然望ましい(※今、日本株を買っているのは、海外の短期的な投機筋…?)。
・さらにリーマンショックは、これを新興国に再認識させた。→ 弱い通貨の国は、株式市場、不動産市場、国債市場が崩壊してしまった。→ ユーロに入っていなかったEU加盟国は、最も激しい危機に陥った。…ハンガリーが代表だ。→ ギリシャがユーロから離脱していれば、一瞬で吹き飛んでしまっていただろう(※う~ん、マネー資本主義の怖さ…?)。従って、バルト三国は、悲願のユーロ加盟を達成し、歓喜に沸いたのだ。

○通貨価値維持という王道

・一方、先進国(成熟国)の21世紀の新しい戦略は、世界規模に広がった高成長の果実をどれだけ享受できるか、という競争になった。→ それには、通貨価値が高いほうがいい。…この新興国を中心とする世界経済の拡大の果実を効率よく刈り取ることが望ましい。→ そのためには、投資を拡大しないといけない。果実のなる樹木に、土壌に投資しないといけない。…グローバル資本主義の世界とは、資本を世界に効率的に投資して、その収益を最大化する競争だから、通貨は力であり、強くなければ世界に投資できない。通貨価値が倍になれば、倍額の投資ができるのだ。(※これは新興国からの搾取、という側面はないのか…?)
・実は、輸出の面から言っても、通貨は強いほうが、成熟国には望ましい。→ 自国のモノや知的財産を、新興国に売る場合には、付加価値を高くして、できるだけ高く売るのが最適な戦略だ(※アメリカのTPPの狙いもこれ…?)。量を追うことはあり得ない。コスト競争なら、新興国や途上国の中の最も効率が良く質の高い生産力を持つ国に、必ず負けるから。→ それらの国は、中国、ベトナム、カンボジア、ラオスと推移してきた。…中国はもはや価格競争は卒業し、付加価値競争に入ってきた。←→ 通貨を弱くすることにより、あえて自国の価値を低めて貧しくなってまで、この価格競争に参戦する国は普通はいない。(※日本ぐらい…?)

○通貨価値、資産価値、成熟経済

・このように見てくると、通貨を安くすることが自国の利益になったことは、(例外的な場合を除いては)歴史上なかったと言える。…大恐慌時や一時的な大不況に陥ったときの緊急脱出策として選択肢になる場合があるだけであり、しかも、それは一時的で、長続きはしない。→ ましてや、21世紀の現在の成熟国において、ストックである資産価値についても、将来に向けての投資についても、そしてフローの輸出に関しても、すべての軸において、通貨は強いほうが望ましい。
・過度の通貨高は、均衡を離れているということで歪みが出るから、長続きはしないが、それは過度の通貨安についても同じことだ。→ 通貨は強いことが望ましいことを考えると、過度の通貨安を望む、ということは経済的にあり得ない。←→ それをあえて政策的に追求するということは、長期的な経済の持続性を捨てて、今の一時的な需要をつかむこと以外にメリットはない。〔※一時的に経済で人気取りをして、そのスキに〝憲法改正〟をやってしまおう?〕
・通貨の安売り戦略は、理論的にもあり得ないし、現在の日本以外に、それを望む成熟国はない(どうしても輸出における価格競争をしたいのなら、その企業だけ、賃金を引き下げて競争すればよい)。⇒ 現代における経済成熟国の最適戦略は、通貨高による資産価値増大およびそれを背景とする新興国など世界への投資だ。→ それにより、さらに自国の資産を増大させ、さらなるシナジー(相乗効果)などを加え、資産価値を通貨価値の上昇以上に増大させることを目指す。(※う~ん、ハゲタカファンドにならないか…?)

○国富の三分の一を吹き飛ばした異次元緩和

・日本の国富(負債を除いた正味資産)は、2012年度末で3000兆円ある。…これを1ドル80円で換算すると37.5兆ドルだ。→ 1ドル120円なら、25兆ドル。…33%の減少(1/3が失われた)。…そんな経済的損失は、これまでに経験したことがない。12.5兆ドルの損失とは、数百年分の損失である(計算の詳細はP210~211)。さらに機会損失もある。→ この2年で、これまで積み上げてきた日本の国富の1/3を吹き飛ばし、永遠に取り戻せない損失が生じたのだ。(※円はさらに下がり続けているよう…)

○円安で輸出が増えない理由

・円安に戻して輸出で世界の市場を制覇するというのは、1960年代あるいは1980年代前半の日本経済の勝ちパターンに戻りたいということ。…それは不可能というより、圧倒的に不利な戦略。あえて円安にするわけだから、輸入に極めて不利になるから。→ その分を上回る輸出量だけでなく、利益を稼がないといけない。←→ しかし、円安が進むことによって、貿易赤字は増えている。…これは、円安が日本経済にとって、所得の流出であり、日本経済が貧しくなっていることを示している。
・空洞化(工場の海外移転)は、輸出が増えない主要因ではない。→ 従って、円安を契機に企業が工場を国内に戻すようになり、もう一度輸出が増えるというのは幻想であり、最悪のシナリオだ。…人件費は製品価格の1割程度であり、3割程度の為替変動(製品コストの3%程度)によって、工場立地を変えるのは、この3%のコストのためだけに右往左往するということ。…その程度で工場を国内に戻したところで、売上が倍増するわけではない。さらに、もう一度円高になれば、また海外のコストの安い立地を血眼で探すことになる。
・かつて、日本の地方では、雇用を地元に生み出そうと、大企業製造業の工場を誘致することが流行った。しかし、多くの工場は、設立して5年もすれば、世界経済の構造変化、技術進歩、ニーズの変化などにより、経済的に陳腐化し、企業はほどなく撤退を決意することになった。…為替レートの変動で工場を変えるということを想定しているような企業や産業は危ないのだ。→ 多くの企業は、生産拠点を世界に複数持ち、複数の選択肢の中から、為替変動に対しては、生産量の比率や部品の調達比率を微調整している…生産ポートフォリオ(分散投資)戦略をしっかり確立しているのだ。
・今の金融政策は、明らかに異常で、日銀自身が異次元と呼んでいるのだから、必ず正常化が起こる。…実際、米国でも正常化(出口戦略)が進んでいるのであり、日本でもいつか必ず起こる。(詳細はP216~218)

○円安の企業利益 ≦ 他部門の損失

・現在、円安に沸いているのは、生産量も増やさず、生産拠点も変えず、最終製品の価格をドルベースで変化させないでいる企業。…もう一つの円安による利益増大のパターンは、海外子会社の利益が円換算で(1ドル80円 → 120円なら)1.5倍になったことによるもの。→ ここで注目すべきは、(株価が上がることは悪いとは言わないが)実体は何も変わっていないことだ。…生産は何も変わっていないが、ただ、利益の測り方が変わっただけなのだ。…ここで重要なのは、実体が変わらず測り方で儲けているということは、その分、どこかで損が出ているはずだということ。…それは、二つの軸に分かれて出ている。
(1) 円安、インフレによる生活コストの上昇、生産コストの上昇 → これらは日本経済を滅ぼす。…毎年、日本は貧しくなっていく。…フローの衰退である。
(2) 円安による日本の資産価値のドルベースでの下落は、日本経済の世界におけるウェイトを半減させ、経済的存在感を喪失させる。…ストックの消滅である。
・欧米から見れば、中国に比べて日本はますますちっぽけな市場となり、世界で軽視されるようになる。→ そして、日本の企業も不動産も人材も、円安の分だけ割安になり、アジアの投資家に最も価値の高い、最もいいものが買い漁られる。…我々は、国富(国の宝)を失っていく。(※う~ん…アジアの辺境で、褒められもせず苦にもされず、慎ましく生きていく…という選択肢はなしか…?)
・最も貴重な宝は、人材だ。…野球、サッカー、ゴルフ、すべてのスポーツにおいて、一流の選手は全員日本を離れる。プロ野球は、大リーグにスカウトされるのを待つ二軍リーグになる。→ これが、スポーツ以外の領域、普通の企業にも大学にも、すべての分野に及ぶ。
・こうして、世界でのウェイトがほぼ半分と小さくなった日本経済は、規模の縮小をきっかけに、人材が流出し、活力を失っていく(※リストラでも企業が希望退職を募ると、優秀な社員から出ていってしまうらしい…)。…重要なのは、規模そのものではない。規模の縮小により、不動産と同じように、最も優れた企業、最も優れた人材が、日本経済から出て行く。これこそ、日本の終わりだ。…米国で研究する日本人からノーベル賞学者は出るが、日本の研究機関を拠点にする研究者からは、もはや出なくなっていく。→ 人口減少で日本経済が衰退する前に、金融政策により日本経済は小さくさせられてしまったのだ。…どうしたらいいのか? ⇒「円高・デフレで日本を救う」のである。

○円高は日本を救う

・円高、物価安定によりコストを低くし、世界で最も生活しやすい国とする。…円高により、海外の資源を安く買い、物価の安定により、生活コストを抑え、生産コスト、生活コストの低い日本にする。(※「世界で最も…」でなくとも、そこそこ生活しやすい国でいい…?)
・(手段としては)まず、円安を止める。→ 日本国内の資産価値が高まり、海外の投資家や企業に、不動産や知的所有権、企業、ノウハウ、人材を買収されるのを防ぐ。…ストック、資産、知的財産、の国外流出をまず抑える。→ 次に、通貨価値を少しずつ回復していく。…この過程で、海外の低コスト労働の生産地と価格競争だけで生き残ろうとする企業、工場、ビジネスモデルは、現在の世界経済構造に適した企業、ビジネスモデルへの移行を迫られる。→(高い価値を持ったノウハウ、労働力、知的財産を安売りするのを止め)高い付加価値をもたらすものに生産を特化していく。(自国生産にこだわらず)日本でも海外でも生産する。…海外労働力・工場をうまく使い、その生産から得られる利益の大半を知的財産による所得、あるいは投資所得、本社としての利益として獲得し、国内へ所得として還流させる。
・ これは実際に、日本企業が現在行っていること。…リーマンショック以降、この流れは加速しており、実現しつつある。←→ 実は、現在の円安誘導政策で、この流れを政策によって止め、過去のモデルに企業を引きずり戻そうとしているのだ。→ これを直ちに止める(円安を修正する)。
・この方向が進むと、国内生産量、工場労働者数は減る。→ しかし生産量や国内工場雇用者数をとにかく増やそうとすることは、世界最低コストの労働力と永遠に競うことを意味する。…それは、世界最低水準の賃金に自ら好んで合わせていくということだ。←→ そうではなく、価格の安い海外の労働力の協力を得て(※搾取にならないか…?)、日本企業のアイデアの詰まった製品(※機能を詰め込み過ぎ?)を、世界最低コストでつくり、世界中に高い価格で売るモデルにシフトする。(※う~ん、ここの部分は、ちょっと違和感が…詳細はP222~228)
・(こうした日本人および日本企業の海外展開が増えていけば)日本国内の勤労所得は減少するが、海外企業への投資収益、知的財産への支払い(コンサルティング料、特許料、ロイヤリティ等)などは大幅に増える。海外で働く人材の所得も大幅に増える。→ これらを合わせれば、国内で減った所得を大幅に上回る所得が得られる。…マクロで言えば、経常収支の所得収益がこれからも大きく伸び続けることになる。(国内所得であるGDPではなく)この所得の合計所得を増やすことが政策目標になる。
・このためには、何よりも円高が必要だ。海外の企業を買収し、人材を買収し、雇い入れるには、通貨の力が必要である。…1980年代末のバブル期、急速な円高にもかかわらず、円高不況という言葉も乗り越えて、日本経済は世界を席巻した。通貨の強さとは国力なのであり、米国はこれを恐れたのだ。←→ 現在は、日本の相対的存在感は圧倒的に低下している。日が沈む国とたとえられている。→ だから、今は円安を円高に戻しても、国際的にはまったく問題にならない。(欧米の投機家、トレーダーは、日本の金融政策の混乱を利用して、日本の投資家や個人投資家を振り回して、大きく儲けているから、為替の大きな変動も大歓迎で、日本の乱高下は最高のボーナスなのだ。)
・しかし、円安を非難しない最大の理由は、欧米はもはや通貨安競争の枠組みにはない、ということ。→ 欧米は強い通貨を欲している。自国経済を強くするためには、通貨が強いほうが圧倒的に望ましい。もはや資産のほうが重要であり、日本が勝手に通貨を弱くしてくれるのは大歓迎なのだ。→ 通貨を強くし、世界の魅力ある有形、無形の資産を手に入れ、国力を強くしていく。…他国の通貨が安くなるのは、投資しやすくなるので、絶好のチャンスなのだ。
・日本ももう一度、遅まきながら、この流れに加わる必要がある。円の価値を維持し、高める。→ 円高を背景に、世界中の企業を賢く買収し、世界に生産拠点、開発拠点、研究拠点、のポートフォリオ(分散投資)を確立し、それを有機的に統合する。…ネットワークというより、もっと強い有機的なつながりだ。つまり、お互いが発展することがさらなる発展につながる。そして、(短期的な利益にこだわらず)中長期的に持続可能で、全体が発展するような戦略で臨む。(※う~ん、自国の企業は買収されないようにし、他国の企業は賢く買収する、というのは、ちょっと一方的で身勝手という気もするが…? それでは〝嫌われる国〟になる…)
・もちろん、これは国家的な戦略として行うのではない。国家という枠組みを超え、企業や個人が自由に自発的に行動した結果、この有機的なシステムができ上がるのだ。→ 産業の有機的な発展は、国家主導ではできないし、それは健全な発展を阻害する。…国家は、補助的な役割(円高により、日本という地域の経済力を強めること)に自己限定し、それを徹底的に果たす。→ 日本地域の経済力が高まれば、そこを拠点とする企業と個人の経済力も立場も強まる。(※う~ん、次回取り上げる予定の中野剛志氏は、「民間に任せていたのではうまくいかない。やはり国の主導でやるべき」という論のようだが…?)
・企業と個人がすべての基本である。…企業は人なり、国家も人なり、地域も人なりだ。→ だから、人を、個人を徹底的に育てる。政府がそれを支える。…マクロ経済全体では、円高で経済の価値を高め、強くする。ミクロでは、プレーヤーである人を育てる。→ 人が育ち、成長する結果、経済全体も成長する。…これが日本という地域の「場」としての力を強める唯一の道である。(※これが、この著者の経済論の肝であり、そして一定の説得力ありか…。というのも、当方の経験的な感触でも、昨今の日本社会は、この人を育てるということに関しては、はなはだ心もとない社会だから…)

○デフレは不況でも不況の原因でもない

・現在、巷で使われているデフレという言葉は、間違って使われている。…デフレとは不況ではない。デフレとはインフレの逆であり、物価が上がらないということであり、それ以上でも以下でもない。…景気が良く物価が上がらなければ、それは最高だ。あえて無理にインフレにする必要はまったくない。→ 社会は、第一には生活者の集まりである。消費者としての個人を支えるためのヴィジョンがデフレ社会だ。我々は、「デフレ社会」を目指す。
・所得が下がったのはデフレが原因ではない。デフレは結果だ。…所得が下がり、需要が出ない(モノが売れない)ので、企業は価格を下げた。→ 効率性を上げて、価格を低下させても利益の出た企業が生き残った。←→ バブルにまみれて、高いコスト構造を変革できなかった企業は衰退した。……そもそも日本の物価は高すぎた。東京が世界一物価の高い街として悪名の高かった1990年代前半。→ そのバブルは崩壊し、フレンチディナーの価格も居酒屋の価格も適正になったのだ。
・デフレ社会が望ましいのは、同じコストでより豊かな暮らしができるということに尽きる。→ 所得が多少減っても、住宅コストが低ければ、経済的にもより豊かな生活が送れることになる。…広い意味で生活コストを下げる。これが生活者重視の政策であり、円高・デフレ政策の第二の柱だ。
・円高は、エネルギーコスト、必需品コスト、さらに広げて衣料品やパソコンのコストを下げることになる。まさに交易条件の改善による所得効果だ。→ さらに、社会と経済の効率性を高め、無駄な支出を抑え、不必要な経済支出を減らすこと。…これはデフレ社会(※成熟社会?)と呼ばれるだろうが、それは望ましいことだ。→ 所得は一定なのだから、無駄な支出が抑えられれば、本質的な部分に支出を回すことができる。
・「最近の若者は、職場の同僚や上司と飲みに行かない…団体行動ができない」などと中高年サラリーマンが愚痴ったり、批判したりするが、給料の一部を無駄遣いして、時間を浪費し、家族との時間を減らすことは究極の無駄で、その無駄がなくなることは、日本社会が効率化していることの現れで、極めて望ましい。草食は生態系でも効率的だ。これこそ効率的な社会である。(※う~ん、思い起こせばその昔、ずいぶんと無駄な酒を飲み、時間とカネを浪費したものだ…。まあ、生身の人間、効率性だけではやっていけないのだが…詳細はP235)

○円高・デフレ戦略という王道

〔この章のまとめ〕

・マクロ経済としては、円高を追求し、世界における研究・開発・生産ポートフォリオ(分散投資)を効率よく確立する。…場としての日本の価値を守り、発展させるために、日本の資産価値を上げる円高を進める。
・その中で、生産工場は日本にこだわらず、質とコストバランスから世界で最も効率的な場所を選ぶ。…開発は、消費者ニーズを汲み取り、需要と開発の有機的な好循環のためにも、消費立地を中心に世界に展開する。…研究は、開発と一体的に行うものと、基礎研究と製品開発を連携させるような研究開発を、日本でも海外でも行う。→ 国内での勤労所得、企業利益が一つの柱で、海外投資収益がもう一つの所得の柱になる(※日本国内と海外と両方で稼ぐ)。
・このとき、日本という場が、研究開発、生産のヘッドクォーターとして魅力ある地域であるためには、豊かで多様な社会でなければならない。→ そのためには、教育に力を入れ、人を育てる。…研究機関としての大学院だけでなく、幼児教育から含めて、トータルで社会として人材を育てる。…職場においても、人的資本を高め、賃金も利益も増える好循環を実現させる。
・この生活基盤を支えるために、効率の良い社会を目指す。→ 生活コストが低く、かつ環境の良い暮らしやすい社会が実現する。…価格水準からいけばデフレ社会(物価が上がらない社会)だが、それはむしろ望ましい。→ 東京の一極集中は効率が悪いので、地域ごとの自然な発展を促す。→ それによって、これまでの日本がつくり上げてきた各地域の豊かな社会資本、環境、地域社会を有効活用し、社会の蓄積、ストックを経済的にも活用し、社会として豊かさを享受する。(※う~ん、ここの部分は、一般論的な表現にとどまる…)
・政府財政は、(年金など、社会保障をカネだけですませようとするのではなく)社会で社会保障を行い、実質的に高齢者を含めた人々の生活を支える。→ そのためには、地元の行政が住民と一体となって地域社会をつくっていく形を目指す。中央政府はそれを効率よく支える。⇒ これが、円高デフレ戦略だ。日本社会と経済を持続的に発展させるには、この道しかない。(※う~ん、この章の結語の部分も、ちょっと具体的なイメージがイマイチ希薄…)


【終章】異次元の長さの「おわりに」


○本当の日本経済の将来ヴィジョン

・成長の時代は終わった。もはや経済成長を求める時代ではない。⇒ それは成熟経済だ。成熟とは何か。経済を最優先としない経済社会である。(※脱成長の定常経済…)
・経済は所詮、手段でしかない。所得も、何かを手に入れるだけの手段に過ぎない。→ だから、手段は手段として割り切り、状況、環境に合わせたものを選択するのが当然だ。…その当然のことを自然にできる社会。それが成熟社会であり、成熟社会経済だ。
・「経済成長のためには需要が必要だ。輸出を増やさないといけない。輸出を回復するには円安が必要だ。GDPを上げるためには、景気刺激策をとらなければいけない。景気刺激をするためには、金利を下げないといけない。日銀はすでにゼロ金利政策をとっているから、実質金利を下げるためには、インフレを起こさないといけない。インフレを起こすためには、度肝を抜く、異常な金融緩和政策をとらないといけない。それにより、円安が進んでも、インフレのためにはしかたがない。輸入品を高く買い、輸出品を安く叩き売ることにより国が貧しくなっても、インフレにより生活が厳しくなってもしかたがない。輸出のためには、国が貧しくなることぐらいやむを得ない…」…何かがおかしい。過去にとらわれているのだ。…日本経済の昔の構造・ビジネスモデルに固執し、円安は日本にプラスという昔のイメージに支配され、日本経済が置かれている現実を直視しない。
・日本経済は、世界経済とともに動いている。→ 生きて変化する経済は、政策ではコントロールできない。←→ にもかかわらず政策で経済をなんとでもできると思っているエコノミスト。政策にすべての経済問題を解決することを迫る有識者、メディア、世論、雰囲気…。それに応えようとする政治。それで選挙に勝とうとする政党。……コントロールの誤謬。政策依存症候群。…この二つが解消されなければ、日本経済の未来はないし、成熟できない。…日本社会は未熟なまま、衰退していく。これが日本の終わりだ。
・人口が減少する。じゃあ、移民を増やそう、子供を産ませよう…これは問題を裏返しているだけで、解決にならない。年金問題が立ちいかないから、若い世代を増やす…それも間違いだ。問題は、人口ではなく、年金制度にある。→ 人口の変化は起こり得ることで、しかも誰もが予想できた(※人口問題は、今後別個に取り上げる予定)。ましてや、GDPが予想以上に増えなかったこと、賃金が伸びなかったこと、これを言い訳にしてはいけない。…経済の変化で制度が破綻するような制度を、つくってはいけないのだ。⇒ 将来の経済状況の予想により左右されるような制度は、根本的に誤りだ。
・「若者が減ると活力が失われる」…しかし、活力を失った若者が大勢いる。都会は若者不足ではなく、むしろ多すぎる。いろんな傷を負った若者が多すぎる。→ 若者を増やす前に、ブラック企業によって壊される若者を守らないといけない。システムエンジニアをプレッシャーで病気にするのを防止する制度が必要だ。「若者が結婚するように金銭的インセンティブを与える。子供を持つように金を配る」…そんな対症療法は意味がない。→ 前提条件を整えることが政府の役割であり、政策だ。
・人間的な生活が送れる環境をつくり、労働環境を整え、(ワークライフバランスなどとあえて言わなくてもいい)雇用となるようにする。→ そうすれば、若者は人間的な生活を取り戻す可能性がある。…それでも結婚も出産も増えなければ、それが今の社会だということだ。→ (子供を産ませるのではなく)託児所が機能するようにすればよい。そうなれば、子どもを持つかどうかは、各人の選択だ。…高齢出産も自然の摂理からいけば、非常に不自然で危険だ。→(高齢出産をサポートするのではなく)高齢まで出産を延ばさざるを得ない状況を変えることが重要だ。…問題の根源を取り違えている。現象対応では意味がない。(※確かに今の世、現象対応が多すぎる…)
・成熟社会とは、社会の変化、世界の変化を受け入れ、柔軟に対応する社会だ。…しかし、本質的な問題の存在を発見すれば、それは全力で解決する。→(現象に対応するのではなく)根源にアプローチするのだ。←→ そうでなければ、現象が収まっても、また別の問題が起きる。より大きな問題となってひずみとなり、システム破綻の危機となる。…まさに、今の金融緩和と同じだ。
・「GDPの増加率が、人口が減ると低下し、マイナスとなる。労働力が減ると生産力が落ち、GDPが減少する。だから人口を増やさないといけない」…これは最悪の間違いだ。→ 経済は手段だ。目的はいい社会をつくること、維持すること。←→ 経済規模は手段に過ぎない。…社会が荒んでいれば、所得が2%ぐらい増えたって、まったくいい社会ではない。豊かな社会ではない。当たり前だ。⇒(子供を増やすという問題は)政策で無理に増やすのではない。(国のために増やすのではなく)子供を育てたい両親が、それを実現できない障害があれば取り除く。…政策にできることは、それだけであり、それで十分だ。
・アベノミクスとは、問題の裏返しそのものだ。…異次元の金融緩和とは、現象への対症療法に過ぎない。一時しのぎに過ぎず、より大きなシステムリスクを呼び込む政策だ。←→ 昔の日本経済に戻ることはできない。円安で輸出して不景気をしのぐ時代は終わった。価格競争で通貨を安くして輸出を増やす時代は終わったのだ。→(フローで稼ぐ時代は終わり)これまで蓄積したストックの有効活用により健全な発展を図る。成熟する。それがヴィジョンだ。(※しかし、そのストックを無駄に消費し、1000兆円超の国家債務を抱えている…)
・蓄積したストックとは金融資産だけではない。これまでのノウハウやブランドを含む、日本社会に存在する知的財産だ。…それが社会の力だ。そしてその力は、個々の人間の中にある人的資本であり、それを社会で有機的に活かす仕組みだ。→ それが社会であり、有機的な社会をうまく育てるために、部分的に埋め込むのが社会システムだ(年金制度、医療制度、教育制度は、その一例)。→ そして経済政策は、この社会を活かすように、個々の力が自由に発揮できるように、場を整え、その手助けをする…そういう形だ
・具体的に言えば、金融政策はあくまで補助だ。→ 実体経済(企業や個人)が、投資、生産、消費へと動くのを、じっくり待つ(必要に応じて場を整備し、金利を低く抑えておく)。→ 一方、金融引締めのときには、中央銀行の側から動き、能動的にブレーキをかける。…しかし、バブルに対して急激に引き締めるのではなく、バブルを膨らませないのが中央銀行の仕事だ。←→ 膨らみ(バブル)、つぶれる(その崩壊)のは最悪だ。
・金融政策がまったく意識されない状態、それが理想だ。影武者だ。←→ 現在のように、中央銀行の動き、一挙手一投足が注目されるというのは最悪の状況なのだ。…すべての投資家が中央銀行依存症に陥っているということだ。→ 金融市場と実体経済の分離が起きている(※マネー資本主義…)。中央銀行の堕落がそれを促進している。
・(財政政策による景気対策はしない。)金融政策による微調整にとどめる。(金融政策でGDP増加率の底上げはしない。)ショックは和らげる。変動は少し緩和する。(しかし、それ以上はやらない。)すべては、長期的な健全性にささげる。金融市場の安定性を守る。→ だから現状で言えば、ゼロ金利は継続する。しかし、量的緩和は縮小する(市場をびっくりさせることはしない)。国債の買い入れはできる限り少なくする。しかし、スムーズに少しずつ減らす。ゆっくりと慎重に出口に向かう。…財政も金融も影武者でなくてはならない。
・政府の政策は、社会政策に絞る。(経済成長ではなく)人を育てる。→(経済成長の歯車としての労働力を育てるのではなく)健全な人間が育つようにする。…生きる意欲、生きる活力を持った人間は、自然と意欲を持って働く。→ 政府は、その環境を整備するだけだ。⇒ これこそが、長期的に持続可能な社会を生み出す唯一の道であり、その結果として、経済は自然と健全な発展を遂げ、成熟するだろう。
・環境変化に対する対応力…これが成熟社会経済の基本だ(これは、政策依存体質により損なわれる。依存という堕落により喪失する)。→ 個々が自分の運命を自分で切り拓く。…それがすべての基本だ。→ 政府、政策は、自ら切り拓くことを妨害する力から国民を守るためにある(切り拓いてやるのが仕事ではない)。←→ リフレ政策に見られるような一挙解決願望。願望を持つ側も悪い。それに応えられるようなふりをする有識者、エコノミスト、政治家も悪い。両側で、日本経済の成熟を妨げている。(※う~ん、個々の〝自助努力〟を強調しすぎると、本質的な問題を放置する、無責任な〝自己責任論〟に流れる危惧はないか…?)
・成熟社会では、トップダウンアプローチは通用しない。政府が有望な産業を指定し、資源を投入する方法はうまくいかない。…なぜなら、個は多様であり、トップダウンで一つの方向に結集することはできないし、するべきではない。⇒ 個が多様な力を発揮できるような場の整備、場のデザインが政府の役割だ。←→ しかし、つくり込みすぎはいけない。…街も家も職場も、そこで生きる人間がつくるものだ。→ そのための場を整え、フレームはつくるが、それは、個々の生きる人間が、柔軟に調整し修正できる仕組みだ。(※う~ん、ここもイマイチ、具体的なイメージが浮かばないが…モデル的な実践例を積み上げるしかないか…?)
・無理矢理つくった街、計画都市は、ほとんど成功しない。…よく練られた柔軟な計画だけが成功する。←→ 政治家も評論家も、安易にすべてを投げ捨て、ゼロクリア、ゼロスタートを叫ぶが、好き勝手に新しく自由に制度をつくれると思っているなら、彼らをデザイナーにしてはいけない。(※これは、敷衍すれば、「人工都市」という興味深いテーマともつながるか…?)
・明治維新や大化の改新のような、抜本的な変革期というのは、1000年に一度しか来ない。…ex. 徳川幕府のシステム設計は素晴らしいが、社会としては従来の延長線上であり、修正に過ぎない。偉大な修正ではあったが、むしろゼロクリアにしなかったからうまくいったのだ。…中世と近代の間の近世という用語が当初、日本に特有だったのは象徴的だ。(詳細はP252~253…※「長い21世紀」は、システムの修正なのか、それとも抜本的な変革期なのか…?)
・現代において、すぐに制度をゼロクリアするような提言をする人間は信用できない。…間違っているし、社会を破壊するだけだ。→ 岩盤規制、既得権益をぶっ壊して競争させても、競争自体は何も生み出さない。…既得権者と新規参入者とが利権を争うだけのゼロサムゲームだ。→ 自由に行動できるようにすることが重要なのであって、そこからしかイノベーションは生まれない。(※自由と競争は違う、競争自体は何も生み出さない、というのは重要な指摘ではないか…)
・今必要なのは、革命でなく、ヴィジョンの修正に過ぎない。それで十分だ。…しかし、それは十分に行われていない。→ 世界が、世の中が動き、変化しているのに、それにヴィジョンの側(政治主体や有識者)がついて行っていない。→ それを修正するだけだ。
・人々も企業も、ちゃんと地に足をつけて生きている主体は、すでにわかっている。…日本は成熟社会になったのだと。→ だから、円安になったからと言って、むやみに安売りをして輸出を増やそうとしない。製品の価値を維持し、ブランドを維持し、次の製品に備え、次の市場に備えているのだ。(※東芝の首脳陣は、わかっていなかった…?)
・所得水準は、これから平均ではそれほど伸びない。世界の競争は激しく、日本だけが勝ち残ることを無邪気に期待するわけにはいかない。→ 生産の多くは、途上国・新興国にゆだねることになる。国内の働き手は、国内サービス産業を中心に雇用を得ることになる。…同時に、ストックの有効活用が進む。政府は、それを助けるのが仕事だ。
・景気対策もしない。所得分配も大がかりにはやらない(※貧困対策だけとか…?)。だから、現在、政治的に議論されている経済政策はほとんど関係なくなる。⇒ 新しい成熟社会というヴィジョンを持ち、(全員が大都市のサラリーマンを目指す社会から脱却し)地方重視の人々の嗜好を汲み上げ、地方経済の崩壊を防ぐ。…そのために、なんとか頑張っている現存の企業の側面支援をする。→ 人材が回るようにすることで、あとは自力で健全に発展、持続してもらう。…地方など創生できない。→ これまでうまくいっていたものが、衰退するのを防ぎ、少しサポートするだけだ。
・すべての個人、すべての企業が、自分で責任を持って、自分の選んだ道を行く。…コストの低い、しかし環境の充実した、ストックの豊かな社会であることが、それを支える。→ 政府は、その補助をし、制度を、社会システムを、修正して、社会の持続を支える。デザイナーとして日々修正をしていく。←→ もちろん、経済成長という名のGDPの拡大は目指さない。この社会の結果として、そうなればそれでいい。……これが21世紀から22世紀のヴィジョンだ。                   (2015年1月 小幡 績)

(※う~ん、これは「長い21世紀」の、「新しい資本主義」への提言の一つになり得るか…?)
                        (7/23 了)        

〔いきなりの酷暑と、当方の体力&能力不足で、(後半部分の)まとめがやや冗長になってしまいました。…次回は、一回分できっちりとコンパクトにまとめられるように努力します。…それにして、今年の夏は暑い…〕
                        (2015年7月23日)